A-10  放浪の詩人ルー・ルーファスが受け取った三通の手紙

親愛なるルーさまへ

 空の色がますます青く、澄んだものになりましたね。これは天球染物師ヤーのお手柄だということを書いておきます。そう、あの小さかったヤーもとうとう天球染物師になったのです。背もスッカリ伸びて、ふんぞり返りながら私に話しかけてくる姿は、本当に“天球染物師さまさま”という感じがします。一人前になって、威張り散らしたいという気持ちはよくわかりますが、三日分お姉さんの私にまで、威張ることはないと思います。
 さて、今年のヤーの頑張りはたいそうなものでした。見ているこっちがハラハラして、とても心臓に悪かったです。ヤーはこの見事な青で空を染めるために、深遠の谷のドラゴンのところまで行ったのですよ! ルーさまがいれば、きっと止めてくださったに違いないと、私は思っています。深遠の谷までの道のりは、英雄たちの伝説と比べたら平坦で、安全なものかもしれませんが、里周辺しか知らない私にとって、恐ろしいものの連続です。ヤーの話を聞いただけで、胸がいっぱいになってしまいました。ルーさまのようにあちらこちらへ旅するのは、まだまだ先のようです。ヤーにも笑われました。
 そのヤーですが、深遠の谷のドラゴンから、ウロコを一枚、ちょうだいしてきたのです! ヤーの胆力に、私は感心するやらあきれるやら、どうすればいいのか、しばらく困ったものです。ドラゴンのねぐらまで行くのも恐ろしいですが、そのドラゴンと話をするだなんて、想像もつきません。ドラゴンの息は灼熱で、その爪先にひっかけられたぐらいでも、私の羽はボロボロになってしまうでしょう。そのドラゴンから、どうやってウロコをもらってきたのか、ヤーは教えてくれませんでした。天球染物師の大いなる秘密の一つだそうです。
 深遠の谷のドラゴンといえばサファイアよりも青く、釣鐘草よりも深い色のウロコを持っていると歌われていますが、本当にその通りでした。空を染め上げる前に、ヤーから見せてもらったのですが、この世のものとは思えない色をしていました。神さまがえこひいきにしたに違いありません。
 私にもこのように綺麗なものを用意してくだされば良かったのに、とヤーにこぼしたら『シェリンには羽があるじゃないか』と言われました。ドラゴンにだって羽があります。その上で、美しいウロコを持っているのです。私の羽は長い間、空を飛ぶこともできなければ、誰かを癒すこともできません。ちょっと目立つアクセサリーにしかすぎません。ルーさまだったら、私の気持ちをわかってくださいますよね。わかっていただけないとしたら、私は孤立無援ということになってしまうのです。
 話がそれてしまいました。それで、ヤーは深遠の谷のドラゴンのウロコと春に咲いた竜胆を混ぜたものを、満月の晩だけに落ちる虹色の夜露で伸ばして、紫水晶と黄水晶のどちらともいえない水晶の粉を足して、煮え立った釜に入れました。釜の中からえもしれない香りが立ち上ると同時、空に色が昇っていきました。
 初めは軽やかな春咲き竜胆で、それはこれまでの夏の色に近いのですが、もっと穏やかな色なのです。秋に咲く竜胆では深い色になりすぎると、特に選んだ花なのです。ヤーがどうしてもというので、私はとっておいた花びらの中でも、より美しい花びらを二瓶も渡しました。もちろん代金として、ぴかぴかの金の硬貨をもらいましたが、次の春が来るまで花びらを集めることはできないので、金貨をくれるよりも花びらを返してくれるほうがよかった、と思いました。
 次に広がるのは水晶粉です。紫水晶と黄水晶が入り混じった水晶で、私は初めて見ました。とても貴重なもので、とある鉱山からしか採掘することはできないそうです。どちらともつかない水晶は、朝と夕を染めるのにふさわしい色をしていたので、確かにこれ以上、素晴らしい素材はない、と私は思いました。
 最後に溶けたのは深遠の谷のドラゴンのウロコです。今までたくさんの天球染物師がいたと思います。ルーさまだったら、色々な空をご存知だと思いますが、ドラゴンのウロコで染め上げた空を見たことがありますか? 私はこんなことを思いつくのはヤーだけだと思っています。
 ルーさまが見上げている空も、ヤーが染めたものなんですよ。きっとルーさまは気の利いた言葉で、この空を表現するんでしょうね。それを聴くのを楽しみにしています。ヤー曰く『朝と夕の瞬間がこれまでとは段違いの深さなんだよ』とのことです。
 夏色だった空がヤーの秋色に染まっていくのは、とてもとても綺麗だと思いました。そのことをヤーに言ったら『明日は雨になる』と言われました。綺麗な空を飛んでみたかったのに……私の羽はもろいので、雨の中を飛ぶことができません。残念に思っていたら、次の日は晴れました。天球染物師でも、翌日の天気を間違えることがあるんだと、私はしばらく信じこんでいました。一番星のサアートさんに教えてもらうまで、それがヤーの“いつものいじわる”だなんて気がつきませんでした。どうして、ヤーはこんなにいじわるなんでしょうか。ルーさまにお尋ねしても困らせてしまうのはわかっているのですが、私のまわりには答えを教えてくれる人はいません。なので、次のお手紙で私にもわかるようなお答えをくださると、とても助かります。

 ルーさまのいない間に、里はだいぶ変わりました。まず、この秋にはおめでたいことが二つもあるんです。
 一つは時織師のスーアイさんが結婚するのです。スーアイさんは里で一番美しい娘であると同時に、一番お役目に忠実ということは、ルーさまも覚えていますよね。そのおかげで、今まで結婚もせずに、朝から晩まで機織を続けてきたのです。そのスーアイさんがとうとう結婚するんです。お相手は同じ時織師のスーサトさんです。お似合いといえば、これほどお似合いの二人はいないと思います。他の時織師が仕事を中断するような……たとえばお祭りとか、お祝い事とか、そんなときであっても、小屋にこもって織物を続けていたのですから。その二人のおかげで地上では、変わらぬ営みが続いていくというのは、わかっています。でも、もう少し手を抜いてもよいんじゃないかって私は思ってしまうんです。あ、これはルーさまと私だけの二人の秘密にしておいてくださいね。ヤーに知られたら、とっても大変なことになってしまいます。ヤーは天球染物師という大きなお役目を引き継いでから、考え方がかなり変わってしまったようです。すこし前だったら、一緒になって里のあちこちを遊びまわれたし、言葉は良くありませんが無責任なことを話し合うことができたのに、今はできません。
 それで、話は戻しますね。『結婚式の日ぐらいは、お休みをしたほうがいい』という里のみんな――本当にみんな、です。スーアイさんとスーサトさん以外の全員がそう言ったのだから、これはもう「みんな」って言っても良いと思います――の意見だったので、二人は今、一生懸命に織物を織っています。なんでも『お休みをいただく分、先に仕上げておかなければいけない』というのです。本当に二人は似たもの同士で、お役目第一です。
 二人の結婚式には橙色の花をたくさん用意するつもりです。幸せな家庭を築けるように、とのおまじないです。花はそれぞれに意味を持っていますが、色にもたくさん意味があります。だから、おめでたい意味を持つ花だけを集めるのは、実はたいへんなお役目だったりするんですよ。でも、私はヤーと違うので、自慢はしません。ルーさまは特別です。

 二つ目のおめでたいことは、まだ確定じゃないんです。でも、里の何人かは『そういうことなんじゃないか』って言っているので、私にとっては確定のおめでたいことなのです。
 なんと、あのヤーに恋人ができるみたいなんです!
 驚きましたか?
 私は話を聞いたとき、とっても驚きました! 天と地がひっくり返ったような驚きです。お日さまとお月さまが同時に昇ってきても、こんなに驚きません。あの小さかったヤーに恋人ができるんですよ。その話を聞いたとき、私もそろそろ結婚相手か恋人を見つけなきゃいけないんだ。って思いました。
 だって、私はヤーよりも三日もお姉さんなのですから。弟に先に結婚されては、身の置き所はありません。とはいえ、歌に出てくるような運命的な出会いもありませんし、心引かれる殿方もいません。それよりも大問題なことに気がついてしまったのです! こう見えてもうら若き乙女のつもりだったんです。いじわるなところも少ないし、娘らしいことも一通りできます。けれども、私には崇拝者と呼べるような人が一人もいないのです! ああ、言ってしまいました。お願いですから、ルーさまだけは同情しないでくださいね。同情されてしまったら、私は立ち直れそうにありません。
 里には若く独り身の男性も少なくないのに、私はヤーとルーさま以外の方から花をもらったことがないんです。ルーさまは、どなたにも花を差し上げるし、すでにお心に決めた方がいらっしゃるのでしょう? 私はそこに割ってはいるような無粋なことはいたしません。むしろ、ルーさまがその方と再び巡り会えることを、夜寝る前に神さまにお祈りしているぐらいなんですよ。三番目ぐらいのお願いですけど。
 ヤーはとても純粋で真面目ですから、恋人ができたら、その人だけにしか花を捧げないと思うのです。ですから、ヤーに恋人ができたら、私は花をもらうこともできないかわいそうな娘になってしまうのです。
 いえ、ヤーが恋人を作り、やがて家族を持つことは大歓迎なのです。ちょっと寂しくなるとは思いますが、やがては離れていくものだと思っています。こういうのを自然の摂理というのでしょうか? えーっと、とにかく自然なことなんです。
 そういうわけで、私は花を捧げてくれるような恋人を募集中です。私には欠点がないなんて大それたことをいうことはできませんが、欠点と同じぐらい良いところもあると思うのです。花をもらうには、何が足りないのでしょうか? とても難しい問題です。一人で解かなければならないと思うと、悲しくなってしまいます。
 あ、ヤーが呼んでいます。こんな時間になんでしょう。すでに日は暮れかかって、すでに銀の星が輝く時間なんですよ。また眠れなくなったんでしょうか?

 では、短いですが、これで失礼します。
 ルーさまが祭りまでに、こちらにいらしてくださることを願っています。
 俊翼のワイークさんにお願いするので、誰よりも早くこの手紙は届くと思います。

里より 愛をこめて シェリンより。


親愛なるルーさまへ

 続けざまのお手紙で、きっと驚かれていると思います。私も驚いています。でも、私、本当に困ってしまって……。他に相談できるような人がいないのです。
 どこから話せばいいのか、私にも見当がつきません。ヤーがとっても不機嫌になってしまって、それで困っているんです。
 あの後。これの前のお手紙の後のことです。ヤーに呼ばれたので、氷晶の森まで行きました。夜の氷晶の森はきらきらと輝いていて、とても綺麗な場所なんですよ。私のお気に入りの場所のひとつです。お月さまの光が静かに降ってきて、まるで夢でも見ているかのような景色になるんです。
 そこでヤーに言われたのです。とてもせっぱつまった様子だったので、私は一言一句間違えずに、きちんと覚えてしまいました。ヤーは『これからも、ずっと一緒にいて欲しい』と言ったのです。ヤーは、きっと怖い夢を見たんだと思います。誰だって、一人ぼっちになるのは嫌ですからね。暗闇に取り残されたときのあの辛さは、夢だとしてもとても恐ろしいものです。ヤーが深遠の谷に行っている間、そんな夢を何度も見ました。だから、私には痛いくらいヤーの気持ちがわかりました。ですから『ヤーに家族ができるまで、ずっと一緒よ』と言いました。

 私はヤーを怒らせてしまったようです。理由は教えてもらえません。今までどおりに、ヤーと過ごしたいと思っているんです。一緒に綺麗な景色を見て、ときに歌を歌ったり、花びらを集めたりしながら、ヤーが染めた空を見上げて……。もう、そんな風に暮らしたりすることはできないんでしょうか? ヤーを子ども扱いしたわけじゃないのです。私なりに考えて言ったのですが、何が足りなかったのでしょうか?
 明日も不機嫌なヤーを見るのだと思うと悲しくなります。こんな気持ちは、生まれて初めてかもしれません。明日が来て欲しくないのです。

悲しくて溶けてしまいたいシェリンより。


親愛なるルーさまへ

 ご心配をおかけしました。
 ヤーとはちゃんと仲直りをしました。どうして、ヤーがあんなに怒ったのか、教えてはくれませんでした。きっと私に悪いところがあったんだと思います。ヤーは威張ったりすることはあっても、理由がなく怒ったりする子ではないのです。その辺はルーさまもよくご存知ですよね。
 仲直りのしるしに、ヤーはとても綺麗なリボンをくれました。色は、ルーさまが見上げている空の色と同じ色ですよ。空を染め上げるときに釜の底に残った染料で、染めたリボンなんだそうです。ヤーは『ドレスを染めるぐらい残っていたら、良かったんだけど』と言っていましたが、私にはこれで十分です。空と同じ色を身につけていると思うと、心が浮き浮きしませんか? 今までつけていた向日葵の花の雫で染めたリボンは、宝箱の中にしまいました。せっかくヤーがくれた空と同じ色のリボンです。これからは毎日、つけようと思います。
 この間の夜のことを気にしているのか、ヤーは優しいです。今日もたくさんのお花をくれました。私でも知らない秘密の花畑をヤーは持っているようです。見たことがない美しい花が混ざっていました。『天球染物師だったら、当然の知識』とヤーは言っていました。この調子だと、冬空も安心できそうです。きっと、これまで見たことのないような、綺麗な綺麗な空になると思います。
 今の空も気に入っているのですが、次の空も楽しみです。
 そういえば、ヤーの恋人になるのはどんな人なんでしょうか? 里には美しい娘がたくさんいますし、何よりヤーは自由です。一人で深遠の谷まで行ってしまうのですから、その途中にある里の人だって仲良くなれるはずです。ヤーの話を聴いていると、会ったこともない人の名前が出てくるので、いつもあれこれと忙しく想像しているんですよ。
 ヤーの恋人になる人はお祭りの日になればわかる、と思っていても、色々と考えてしまいます。どんな人と一緒にダンスを踊るんでしょう。三日分だけとはいえお姉さんなので、とっても気になっています。今、気がついたのですが、ヤーはダンスが踊れるのでしょうか。お祭りのときはいつも踊らずに、むしゃむしゃと物を食べてばかりいたような気がして……私の気のせいだと良いのですけれど。お祭りに恋人とダンスを踊らない人はいないと思うので、今年はちゃんと踊るはずです。きちんと踊れているか、そのときになったらわかりますよね。ちょっとルーさまの真似をしてみました。お気を悪くなさらないでくださいね。やってみたかったんです。
 でも、あのヤーがこっそりとダンスの練習をしているのかと思うと、不謹慎というのですか? とても悪いとわかっていても、笑いがこぼれてしまいます。好きな人のために一生懸命になるのは良いことだと思うので、ダンスの練習をしているヤーを偶然、見かけてしまっても、何食わぬ顔というものをして通り過ぎてあげようと思います。
 ヤーの恋人になる娘は幸運だと思います。秘密の花畑を持っているヤーですから、誰も見たことのないような美しい花をプレゼントすると思うのです。氷晶の枝葉よりも綺麗で、虹露草よりも綺麗な花を贈るのでしょうね。私が想像している何倍も素敵な花だと思います。ヤーが私にくれる花は、いつもとびきり綺麗なんですから、恋人にはもっと素敵な花を贈るに違いありません。それが羨ましくて仕方がありません。

 では、取りとめもありませんが、この辺で失礼いたします。
 ヤーと仲直りした、ということだけでも、早くお伝えしたかったのです。
 お手紙のお返事を待たずに、またお手紙を差し上げるような非礼を重ねてしまい申し訳ありませんでした。
 ルーさまにお会いできる日を楽しみにしています。

里より 愛をこめて シェリンより。

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