B-07 コバルトブルーの骨

 僕たちはコバルトブルーの骨を埋めている。
 それは一体何なのか、って? 僕たちにもわからない。
 ただそれは骨だから、土に還るモノだから、僕たちは埋めることに決めたんだ。
 宝石のよう、と喩えられるほど華やかではないけれど、その青は深く、美しい。土に埋もれて見えなくなってしまうのは惜しいかな、とも思う。
「じゃあ、埋めるのやめたら? お前の自由だよ」
「でも、もう決めたんだ」
 僕たちは、穴が適当な深さになったことを確かめる。そして、平らにならした穴の底にそれを横たえた。
 ――よくよく考えてみれば、それが骨であるという確証はなかった。もしかすると、何か違うモノかもしれない。
 けれどそれを一目見た時、迷うことなく骨だと思った。
 手のひらより小さく、軽い。少し力を入れて摘まめば、くしゃりと呆気なくこなごなになりそうだ。
「埋めてしまう前に、これが骨でなければ何なのかを考えてみようか」
「そうだね。それがいい」
 もっともらしく腕組みなんかして、僕たちはそれの正体について考えを巡らせる。
「骨でないとしたら……何かの欠片?」
「何かって、何さ?」
「わからないから、何かなんだよ」
 その“何か”がわからないのならば、それ以上想像は膨らまない。
「そうだなあ。……やっぱり、石の欠片じゃないか?」
「石にしてはやわだよ、これ」
 コバルトブルーの“何か”を、光にかざす。光は通さないが、青色が少しだけ明るい印象に変わる。
「そもそもこの青色は、海か空のモノだよね」
「海って、青いらしいけど……。僕たちは見たことがないじゃないか」
 そうなのだ。僕たちの国には海がない。
 海が青いという知識は、絵物語の挿絵にある海がすべて濃い青色で塗られていることに因る。ちょうどこのコバルトブルーの“何か”と同じような色で。
 けれどもしかすると、海は青色でないかも知れない。僕たちは、この目で見たモノしか信じない。
「海のない国に、海のモノが落ちている訳ないよ」
「それもそうか……」
 僕たちは納得し、深く頷いた。
「じゃあ空の“何か”だね」
「そういうことだね」
 どこまでも、果てしなく続く青。
 空は掴めない、この“何か”のようには。少なくとも、僕たちには。
「僕たちには見えなかったり、出来ないことでもさ。……有り得ないとは言い切れないよね?」
「……うん。僕たちの知らないことなんて、きっと沢山あるんだ」
 僕たちはちっぽけな存在だ。
 鳥のように羽ばたいて遠くへ行くことも出来なければ、僕たちの住む世界の全容を知ることさえ出来ず、空に届くことも出来ない。
 だから、僕たちは想像する。
 僕たちだけの世界を。
「たとえば、空にはとてつもなく大きな骨組みがあるとする」
「僕たちには見えないけれど、それが世界を支えている」
「世界を支えるほどだから、その骨組みはうんと丈夫でなくちゃならない」
「だから、日々成長している」
「古くなった骨組みは自然と脆くなって、ぽろぽろとはがれて……」
「空から落ちてくる」
「それを僕たちが拾ったんだ」
 なかなかに巧いストーリーに、僕たちは至極満足した。
「じゃあ、やっぱりこれは骨だ」
「ああ。コバルトブルーの、空の骨だ」
 僕たちはコバルトブルーの骨を、さきほど掘った穴の底に再び横たえた。
「空の骨は、いわば空を形作るモノだ」
「それを土に埋めたらどうなるだろう?」
 僕たちの脳裏には果てしない世界が広がってゆく。誰にも止めることはできない。
 愉しくて仕方がなくて、僕たちはくすくすと笑いあう。
「土の中に空が育つんじゃないかな」
「うん。きっとそうだ」
 掘り返した土を、やわらかく穴の中へ戻してゆく。すぐにコバルトブルーの骨は見えなくなった。
 もう、惜しいとは思わなかった。
「僕たちが埋めたコバルトブルーの骨から空が出来るまで、どれくらいかかるんだろう?」
「一ヶ月? 一年? ……それとも、僕たちがいなくなった後かも」
 僕たちは必ずいつか、この世界からいなくなる。それは誰にも違えられぬ定め。
 けれど、僕たちが創り上げた世界に終わりはない。
「その方がいいよ。僕たちがいなくなっても、この土の下で、世界は生き続けるんだから」
 目を瞑れば、僕たちの共有する世界のイメージが鮮やかに浮かび上がる。
 若草色の草原と、それに映える白壁の家々。
 その町を縁取る、色とりどりの花が植わった花壇。
 子供たちのはしゃぐ声と、活気あふれる露店通り。
 少し遠くの畑でも、沢山の人々が汗を流して働いている。
 疑いようのない平和。
 それらを包み込む空の色は、深い深いコバルトブルーだった。

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