B-02 虹のリドル

 きのうの雨があがって、とてもよく晴れた日よう日。ひばりちゃんはおかあさんとピクニックへ行く約束をしていました。
 ばしょは、おウチから川をわたり、森をぬけて、丘をこえたところにある、大きな大きな湖のほとりです。そこには、よくきれいな虹があらわれると、おかあさんはおしえてくれました。それを聞いたひばりちゃんは、すぐにでも見に行きたくなりました。そして、こんどの日よう日にいっしょに行こうと、おかあさんと約束したのです。
 ところが、あかあさんは朝から具合がわるくて、とてもおきられそうにありませんでした。ベッドにねたまま、ゴホン、ゴホンとせきをしています。きっとかぜです。ひばりちゃんはおかあさんのおでこをさわってみました。
「おかあさん、すごい熱だよ」
 これではおきることなんてできません。もちろん、ピクニックへだって行けません。ひばりちゃんはがっかりしました。
 そんなひばりちゃんの顔を見て、おかあさんはとてもつらそうでした。
「ごめんね、ひばりちゃん。ピクニックへ行けなくなって」
「しょうがないよ。おかあさん、病気なんだもん」
「ほんとうにゴメンね。ひばりちゃんに、あの湖の虹をぜひ見せてあげたかったのに」
 おかあさんはほんとうに残念そうでした。
 ひばりちゃんはタオルを水でぬらしてくると、それをおかあさんのおでこの上におきました。これでちょっとでも熱が下がってくれればと、ひばりちゃんはかみさまにおねがいします。
 ひばりちゃんは窓の外を見ました。すると、そこには見たこともない大きな虹が。ちょうどピクニックへ行くはずだった湖がある方角でした。
「おかあさん、虹よ。虹が出てるよ。とてもきれいな虹が」
「そう。きのう、雨だったから、虹が出ているのね」
 おかあさんがいいました。でも、ベッドにねているおかあさんからは、窓の外の虹を見ることはできません。ひばりちゃんは、なんとかおかあさんに虹を見せたいと思いました。
「そうだ。おかあさん、あたしがあの虹をとってきてあげる」
 ひばりちゃんはおかあさんにいいました。すると、おかあさんはビックリした顔。
「ムリよ、ひばりちゃん。湖はここから遠いのよ。ひとりじゃ行けないわ」
「だいじょうぶ。かならず、あの虹をもってかえってきて、おかあさんに見せてあげるから」
 ひばりちゃんはおかあさんが止めようとするのも聞かず、外へととびだしました。空には、まだハッキリと虹が見えています。どんなに遠くたって平気です。あの虹をめざしていけばいいのですから。
 ひばりちゃんは川の橋をわたり、湖へむかいました。頭の中は、病気でねているおかあさんに、とってきてあげた虹を見せることでいっぱいです。そのとき、おかあさんはどんなにうれしい顔をするでしょう。
 やがて、森が見えてきました。ひばりちゃんはまだ、ひとりで森の中に入ったことがありません。森にはこわいオオカミがいるので、まだ小さなひばりちゃんはかならずおとなの人といっしょでなければいけないからです。でも、きょうはおかあさんのため、ひばりちゃんは勇気を出して森の中へ入りました。
 森の中は、夜でもないのにとても暗いところでした。森の木々がひばりちゃんの頭の上をおおい、おひさまの光をさえぎっているからです。ひばりちゃんは急にこわくなりました。
 それでもひばりちゃんは進みつづけました。まっすぐに、湖へむかって。
 ところが、ひばりちゃんはそのうち、じぶんがどこへむかっているのかわからなくなりました。目印の虹をさがそうとしても、森の中では見えません。それに森の中には道がないので、さっきからおなじところをぐるぐる回っているような気がしてきます。ひばりちゃんは森の中でまいごになり、泣きたくなりました。
 そのとき、ひばりちゃんのうしろのほうで、バサバサという音が聞こえました。ひょっとしたら、オオカミがひばりちゃんを見つけたのでしょうか。ひばりちゃんはビックリして、うしろをふりかえりました。
「やあ。おどろかしちゃったかな」
 ひばりちゃんのうしろにいたのは、オオカミではありませんでした。メガネをかけたような顔のフクロウです。ひばりちゃんの顔を見て、ホーとなきました。
「こんな森の中に、ひとりでどうしたんだい? まいごになっちゃったのかな?」
 フクロウはすっかりおびえたひばりちゃんを見て、しんぱいそうにいいました。
「湖へ行きたいの。フクロウさん、どっちへ行けばいいかしってる?」
 ひばりちゃんはたずねました。するとフクロウはうなずきます。
「もちろんだよ。ほら、あっちにえんぴつの先みたいにとがった岩が見えるだろ?」
「うん、見えるわ」
「あそこまで行ったら、左のほうへ行くんだ。木のえだがトンネルのようになっているところをぬけると、森から出られるよ」
「ありがとう、フクロウさん」
 ひばりちゃんはしんせつなフクロウにお礼をいうと、ふたたび湖をめざして歩きはじめました。
 フクロウがおしえてくれたとおりに進むと、ひばりちゃんは森をぬけることができました。ここまでくれば、湖はもうすぐのはずです。きれいな虹がひばりちゃんがくるのをまっているかのように、キラキラとかがやいていました。
 森から湖までは一本道です。なだらかな丘にそって、道はつづいていました。ところが、どこまでのぼっても、いちばん上にたどりつけません。そのうち、ひばりちゃんは歩きつかれてしまいました。
 ひばりちゃんはひとやすみしようかと思いました。もう足はぼうのようで、からだはクタクタです。でも、虹はいつきえてしまうかわかりません。もし、湖へ行く前にきえてしまったら、おかあさんのところへ虹をもってかえれなくなってしまいます。
 ひばりちゃんはつかれていましたが、やすまずに丘をのぼりつづけました。すると、ずっととおくに見えた丘のてっぺんがちかづいてきた気がします。ひばりちゃんは、よーしと、さらにいっしょうけんめい歩きました。
 とうとう、ひばりちゃんは丘のてっぺんにたどりつきました。風があせをかいたひばりちゃんのからだをやさしくなでていきます。とてもきもちがいい風です。そこからは、大きく、きれいな湖を見下ろすことができました。虹は湖のまんなかあたりから空へのびているようでした。ついに、虹がある湖まできたのです。
 ひばりちゃんはうれしくなって、一気に丘をかけおりました。さっきまでつかれていたはずなのに、からだがとてもかるくかんじられました。あっというまに、ひばりちゃんは湖のほとりへとたどりつきました。
 湖には大きなトリのはねをもった、まっしろなウマがいました。ペガサスです。ひばりちゃんは、おかあさんからはなしを聞いたことはありましたが、本物のペガサスを見るのははじめてでした。
 そのとき、ひばりちゃんはかんがえました。ペガサスのせなかにのせてもらって、虹のところまでつれていってもらえないかと。そうすれば、虹をつかむことができるはずです。ひばりちゃんはおもいきって、ペガサスにおねがいをしてみました。
「こんにちは、ペガサスさん。あなたのせなかに、あたしをのせてくれませんか?」
「こんにちは、にんげんのおじょうさん。どうして、ぼくのせなかにのりたいんだい?」
 ペガサスはひばりちゃんにたずねました。ひばりちゃんは湖の虹をゆびさしました。
「あそこに見える、虹のところまでつれていってほしいの。おねがいします」
「あの虹のところまでか」
 ペガサスはすこしかんがえているようでした。
「よし。じゃあ、もしもきみが、これからいったことをちゃんとできたら、ぼくのせなかにのせてあげようじゃないか」
 と、ペガサスはいいました。
「ほんとうですか? やります。あたし、ペガサスさんがいったとおりにやります」
 ひばりちゃんはやくそくしました。するとペガサスもうなずきました。
「よし、やくそくだ。それじゃあ、これからぼくがいうことをちゃんと聞くんだよ」
「はい」
 ひばりちゃんはペガサスのつぎのことばをまちました。
 ペガサスは虹をふりかえっていいました。
「きみがあの虹をつかまえたところをぼくに見せてくれ」
「ええーっ」
 ひばりちゃんはビックリしました。ムリもありません。ひばりちゃんは虹をつかまえたくて、ペガサスのせなかにのりたいとおねがいしたのですから。それなのにペガサスは、その前に虹をつかまえてくれというのです。
 ひばりちゃんはこまってしまいました。ひばりちゃんは飛ぶことはもちろん、およぐこともできないのです。湖のまんなかにある虹へちかづく方法なんてありません。ひばりちゃんは、ペガサスにきいてみました。
「あたしひとりで、あの虹をつかまえるんですか?」
「そうだよ。それまで、ぼくはきみをたすけることはできない」
 ペガサスが出したなぞかけに、ひばりちゃんはだまってしまいました。いったい、どうしたらいいのでしょう。こうしてかんがえているあいだにも、虹はきえてしまうかもしれません。
 でも、あせればあせるほど、ひばりちゃんの頭の中はゴチャゴチャしました。長いぼうをのばしてみるとか、イカダをつくってみるとか、いろんな方法をかんがえてみますが、どれもうまくいきそうにありません。とうとう、ひばりちゃんはしゃがみこんでしまいました。
 するとペガサスがやさしくいいました。
「そんなになやまないで。ほら、このきれいな景色をたのしみながら、かんがえればいい」
 そういわれて、ひばりちゃんは顔をあげました。そこから見えたのは、すきとおったきれいな湖と七色のうつくしい虹。おウチでねているおかあさんにも見せてあげたかった景色でした。
「そうか」
 そのとき、ひばりちゃんはおもいつきました。虹をつかまえる方法を。
 ひばりちゃんは湖にかけよりました。そして、両手で湖の水をすくいあげます。水はとてもつめたかったですが、ひばりちゃんはそれをこぼさないよう気をつけながら、ペガサスのところへ行きました。
「はい。虹をつかまえました」
 ひばりちゃんの手の中に、虹がうつっていました。それはまるで、かがみのような湖が、空の上の虹をうつしだしているのとおなじです。
 それをのぞきこんだペガサスは、うんうんとふかくうなずきました。
「たしかに、きみはその手の中に虹をつかまえることができたね。おめでとう」
 ひばりちゃんはペガサスのなぞかけを、みごとにとくことができました。ペガサスにほめられて、ひばりちゃんはうれしくなりました。
 そのときです。湖にあった虹が、だんだんときえていきました。ひばりちゃんとペガサスは、ただそれを見あげていました。ひばりちゃんは虹がなくなってしまうことに、もうさびしさはありませんでした。それよりも虹をつかまえる方法をはやくおかあさんにおしえてあげたいと思いました。こんど、虹が出たときにやってみせようと思いました。
 虹がきえてから、ペガサスがいいました。
「よし、やくそくどおり、ぼくのせなかにのっていいよ。おウチまでおくっていってあげよう」
「ありがとう、ペガサスさん」
 ペガサスはひばりちゃんをのせると、空高くまいあがりました。あの大きかったはずの湖も、へとへとになった丘も、こわくて泣きそうになった森も、ぐんぐん小さくなっていきます。そして、おかあさんがまっているひばりちゃんのおウチが見えてきました。
 ひばりちゃんはかえってきました。そして、元気な声で、
「おかあさん、ただいまー」
 といいました。

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