A-04 アタタカイアメ〜普通に雨が降ること,実は当たり前のことではないのです〜
皆様の世界では違うそうなのですが、私の住んでいるこの世界の雨にはいつも味が付いているのです。
並べ立てるとキリがないのですが、少しだけ例を挙げると昨日の雨は「メロン味」でした。
遠くの国で貧しく暮らしている少年が、一度でいいからメロンを食べてみたいとお願いしたからだそうです。
そして、その前の一昨日の雨は「イチゴ味」でした。
歯磨き粉の味が大人の使うミント味に変わってイヤだとごねた女の子の為に降らせたそうです。
その前の日の雨は「ブドウ味」でした。
男の人に振られたばかりで泣きじゃくる彼女を慰める為に、彼女の大好きなお酒の味を降らせてしまたのだそうです。
この世界は、そんな風にして雨に味を付けて降らせてもらっているのです。
もちろん、その味を決めているのは「空」さんです。
そんな「空」さんは街どころか世界中の人気者。
自分の舐めたい味がいつも降るわけではないのですが、「雨」さんの出す味がいつもいつも美味しいので、誰も「誰が雨を降らせてもらうか」のケンカなんてしたりしません。
「今日の雨さんの降らせた雨の味は最高でしたな」
「全くです。いつもいつも、我々の雨の日の楽しみに変えてくれているのは空さんですからな…」
ところが、その日の雨はいつもと違って塩辛い物だったのです。
街の人々も最初は「こんなシンプルな味の日もあるものなんだな」程度にしか考えていませんでした。
が、こんな味の日が何日も続くと、「さすがにこれはおかしいぞ?!」と思うようになってきていました。
「もしかして、空さんに何かあったのではないだろうか?」
念のために、空さんに雨の日を聞く係りの「天気予報士」の人が聞きに行ってみたのですが、この世界が生まれてから初めて!! 一度も「空」さんが返事を返してくれないのです。
その報告を聞いた科学者や数学者、物理学者等々の偉い先生方が集まって検討委員会を発足したものの、肝心の「空」さんの返事が無い今、特に話し合う事柄など一つも出て来ないまま。
「どうしたものですかな…」
「まったくもって、困ったものですな…」
街の子供たちもそんな大人たちの話を聞いていたのでしょう「そらさん、びょーきなの?」と保育士の先生に聞きだす始末。
だけど、保育士の先生だって「空」さんに何があったのか分かっていないのですから、答えようがありません。「本当に、「空」さんどうしたんだろうね?」なんて、園児の皆と首を傾げるだけ。
そんな変な雨の日が続いている中、私はお気に入りの傘を命一杯に広げてご近所の道路を一人で歩いていました。
もちろん、その日の雨も塩辛い雨のまま。
私は、「こんな変な天気あいつまで続くのかしら?」そんな事を考えながら、小道を通り小川にかかる橋を渡り、お気に入りの草原に辿りついたのですが、普段なら誰も居ないはずの草原に誰か人が居るようなのです。
あまつさえ、その人影は雨が降っているのに傘も差さずに泣いている様で、シクシクと言った泣き声まで聞こえる始末。
そんな人影がどうにもこうにも心配で仕方がなくなった私が近寄ると、そんな私の気配に気が付いたに違いない男の子がしゃくり上げながらこちらを見て声を絞り出す様に私に話しかけてきました。
「キミは誰?」
「私? 私は通りすがりの人…かな?」
「…そうなんだ…」
「…?? とっ、ところでキミは泣いているみたいだけど、どうかしたの??」
首をかしげながら、男の子になるべく優しく聞こえるように注意しながら話しかけると、男の子は私のこんな反応に少しだけ心を許してくれたのか、こちらを見上げて返事を返してくれました。
「…この広場で遊んでいたんだ…」
「うんうん」
「そうしたら、足の裏に棘が刺さっちゃって、どうやっても抜けないままなんだ」
「棘?」
「そう…棘…棘が足の裏に刺さったままで痛いんだ」
「大変じゃない!! 今すぐに抜いてあげる」
私が驚いて大きな声をあげると、男の子はビックリとした顔をして呆然とした様に見つめ返してきました。
「そんな事が出来るの?」
「もちろん!! 棘を抜いたら良いのよね?」
「うん…そうだけど、何度やってみても抜けないんだよ?」
「大丈夫。私、刺抜きなら慣れているから」
そう言いながら、私はいつも持ち歩いているお散歩用のカバンをゴソゴソと漁り、底の方に仕舞い込んでいた簡易の刺抜きとハンカチ、忘れてはならないティッシュを取り出しました。それから、ズボンのポッケに仕舞い込んでいたお気に入りのラズベリー味の棒付きキャンディーを取り出して男の子の口に銜えさせてあげました。
「お気に入りのラズベリー味なんだ。キミにあげる」
「…ありがとう…」
キャンディーを銜えて少しだけ泣き止んだ男の子は、私が足をそっと持ち上げて刺抜きを構え、草原にしゃがみ込んでいる少年の足の裏から棘をそっと抜き取りました。棘は思っていた以上に簡単にスルリと抜けたので、出血などはありませんでした。
「棘…抜けたよ」
私がそう声をかけると、今までは少しも元気が無く俯いていただけの男の子が、それはもう嬉しそうに飛び上がり、クルクルと草原の上を駆け巡り始めたのです。
「やった!! やっと、棘が抜けた!!!」
男の子のいきなりの行動と唐突な元気っぷりに驚いて、刺抜きを握り締めて呆けてしまった私を置き去りにしてなおもはしゃぎ続ける男の子。
「この子ってこんなに元気な子だったんだ」とか「元気になってよかったな」なんて思っている私の思いを知ってか知らずか、男の子は草原の上で逆立ちをしたりジャンプをしたりとを繰り返すばかり。
だけど、そんな呆けた私の事を思い出したのでしょう、いきなりこちらの方を振り返り、ニコリと微笑みかけてきました。
「ありがとう。お陰で、これからも雨を降らすことが出来るよ!!」
「へっ?」
「??? キミは、気が付いていなかったのかい? ボクが「空」さんって呼ばれているって事にさ」
「いっ!!」
「ふふふっ。考えてみれば、ボクは天気予報士の人としか話してないのだから、知らなくて当然だよね…ゴメンゴメン…」
唐突な男の子のセリフに思わず驚いてしまい固まってしまった私。 この男の子が「空」さん?
もしかして、今までの塩辛い雨は「空」さんの涙だったの? 色んな思いがクルクルと私の頭の中を駆け巡りました。
でも、相対していた「空」さんはそんな混乱して百面相の様な私の表情が途方もなく可笑しかったのでしょう、男の子は固まってしまった表情を一瞬だけ私に見せたものの、すぐに崩れる様に笑い出しました。
それから暫くして、落ち着いたのでしょう、目の端に浮かんだ涙を拭い取り私に向かって「空」さんが、「本当にありがとう。キミが棘を抜いてくれたお陰で、今日からまたいつもの通りに雨を降らせる事が出来るよ」と言いました。
「今までも、雨は降らせてあげたかったんだけど、何度やってもうまく棘が抜けなくて痛くて堪らなくて雨も塩辛いものしか降らせてあげられなかったんだ。天気予報士の人ともまともに話せる状況じゃなかったしね」
笑い事ではないのに笑って話す「空」さん。
そんな「空」さんは、私に話せてスッキリとしたのでしょう。棘の取れた足を二・三回程振り、こちらを振り「本当に、ありがとう」改めてそう言いながら空にのぼって行きました。
「明日は、キミの好きな味の雨を降らせてあげるからね!!」
最後に微かに聞こえた「空」さんの声。
その次の日、私の町には久しぶりの「塩辛い雨」の代わりに、私の大好きな「ラズベリー味」の雨が降ってきました。
昨日は驚きの連続で、何も考えられなかったのですが、今考えるとめったに経験出来ない素敵な出来事だったもの。
私はこんな昨日と今日の、そんな出来事の事を絶対に、ずっと忘れないでいようと思いました。