C-02 舞夜空(まいよぞら)

 名をお空という少女は、盆踊りを何気なく見ていた。
 草むらに腰かけ、膝を引き寄せて。
 月明かりの下に踊る人々は、とても楽しそうで。お空は哀しくなってしまう。
 すると後ろから、誰かが話しかけて来た。
「君も、踊らないのかい」
 心地良い、低い声。どこか人を安心させるような。
 そのやわらかい口調があまりに優しくて、いつもならそんなこと言われるとむっとするお空も、嫌な顔一つせず振り返った。
 立っていたのは、背の高い青年であった。浴衣がよく似合う、どことなく古風な雰囲気の持ち主である。
「踊れないの」
 お空は、自分の足を指差す。この、生まれた時から動かない足を。
 踊りたくても、踊れない。この時期になると、嫌でもその事実を思い知らされる。だから、盆踊りは好きじゃない。
「そうかい…。お前、名は?」
 青年は、お空に名を聞いて来た。
「お空」
「ほう。良い名だな」
そう言われて、少し嬉しくなった。
「隣に座っても?」
 青年の問いに、お空はうんと呟く。青年は呟きを聞き遂げてから、草の上に座った。
「踊りたいのかい」
「踊りたい。でも、無理なの」
 お面をつけて、太鼓の音を聞いて、音楽に体を預けて。ずっとずっとみんなに混じりたかったけれど、それは叶わぬ夢。
 みんなにとっては、夢ですらないだろう夢。だけど、お空にとってそれはまほろばのごとく儚い夢。
「お面だけでも、どうだ」
 どこからか、青年はお面を取り出す。
 お空はそれを受け取り、かぶった。狐のお面だった。
「盆踊りの時にお面をかぶるのは、死者が混じってもわからないようにするからだと、言うな」
 何気なく言われた言葉に深い意味がこめられている気がして、お空は小さい穴ごしに青年の顔をじっと見つめた。それこそ、穴が空くほど。
 まさか、彼は――…。
 血の気が引いた。
 青年は、自分も狗のお面を被った。
「お空」
 青年は立ち上がる。お面に覆われたその顔から、表情はうかがい知れない。
「踊ろう」
「でも」
「大丈夫。空の上なら、足は関係ない」
 ほら、と青年は夜空を示す。
 夜空でも、皆が踊っていた。老若男女…だが、生きている者達ではない。
「お空。今日でお盆は終わりだ。お前も踊りの輪の中に連れて行ってやりたいけれど、それは叶わない」
 青年はお空の手を握ろうとしたが、二人の手はするりとすり抜けた。
「もう、お帰り」
 優しい笑みで、彼は告げる。
「空から、お前の舞を見せておくれ」
「――うん」
 お空は、大地を蹴った。
 彼女は空へと上がって行き、皆の輪へと入って行った。
 彼女は生前、舞えなかったけれど。今も、生者の踊りに混ぜてはやれないけれど。
「お空、か」
 青年は、空を仰ぐ。
 お空は今、舞っている。それは楽しそうに。
 夜空の中で。

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