B-12 Aurora Breakup

 自慢の自作ロボットを連れてヒロキが現れたのは土曜の午後だった。ブヨった大顔面に銀縁メガネのツルを食い込ませていつ見てもオヤジみたいな野郎だ。
「おうサトル、いきなりですまんがこいつを一日だけ預かってくれ」
 言われてそっちに目をやるとロボットはお座りした犬みたいに玄関口にひかえてた。大昔のおもちゃをかたどったモデルで背中についたでっかいネジをジコジコ回してる。自作としては最高レベルの頭脳を持ってるらしいけど、目玉が豆電球で出来てたり手がハサミ型のカギ爪だったりしてすげぇ安っぽい。金がないからってここまで外装ケチるなよ。と思いながら眺めてると、ロボットは壊れたスピーカーみたいな声を張り上げた。
「サトルさん、ロビ太ですよろしく!」
「今日はハルカとデートだ。他を当たれ」
 冷たくあしらってやると、ヒロキはナマケモノみたいな顔に満面の笑みを浮かべてソーセージ型の指をぱふんと打ち合わせた。
「ちょうどいい! ロビ太に将棋ソフト仕込んどいたんだ。こないだハルカちゃんは将棋やるのにオマエは出来ないって泣いてたじゃないか、連れてけよ」
「泣いてねえよ! てかテーマパークで将棋やるバカがいるか? 第一なんで他人に預けるんだ、スタンバイさせとけばいいだろ」
「いろんな環境を体験させてロビ太のAIを鍛えるのだ。そいじゃ!」
 ゴルァ、バカオタク戻って来い! と叫ぶ間もなくヒロキはウチの玄関先から姿を消した。カバなみに太いくせしてなんでこんな時だけ素早いんだあいつは。
 冗談じゃねーよ今日は絶好のチャンスなんだ。昨日の夕方ハルカがポツンとうつむいて、
「ねえサッちゃん、今オーロラドームで写真とるのがはやってるって知ってる?」
 とか言ってきてさ。
 オーロラドームってのは本物そっくりのオーロラが体験できる期間限定のアトラクションで、エスキモーのかっこして写真とると願いが叶うとか女子が騒いでるやつだ。よし! と思って誘ったんだけど心臓バクバクって感じ? あいつとは気軽に話せるかわり、友達以上に進まなくて苦労してんだよ。
 オレはロビ太をにらんで電源スイッチを探した。ヒロキのことだからこいつに変ないたずらを仕込んでるかも知れない。スタンバイモードはダメだ、動力の元を断たないと。
 首を伸ばしてあちちこち探していたら、背中の方からハルカの声が飛んできた。
「やん可愛ぃ! そのコどうしたの?」
 オレは危うく滑りそうになった。慌てて振り向くとまるい瞳を見開いてハルカがちょこんと立っている。大きめにあいた胸元から、白いキャミソールのひらひらがおいでおいでするようにのぞいてた。
「なんかヒロキの奴が今日だけ預かってくれって。電源切ってくから外で待ってろよ」
「ええー、なんで? 連れてこうよぉ」
 ハルカはロビ太に近づいてちょんちょんと頭をなでた。
「あたしハルカ、よろしくね。あなたはなんていうの?」
 それを聞いたとたん、ロビ太の目玉が電光掲示板みたいにビカビカ渦を巻いた。
「ハルカさんですね? すごく可愛い人だってサトルさんが噂してましたよ!」
 オレは天井までぶっ飛びそうになったがハルカは腹を抱えてきゃたきゃた笑った。
「へえー、ロビ太っていうんだあ。おせじなんか言っちゃって、誰に習ったのぉ?」
「サトルさんです! ハルカさんのためにワタシに将棋ソフトも入れてくれたんですよ」
「バ、バカッ!」
 慌てて口をふさいだが遅い。ていうかロビ太は口でしゃべってるわけじゃなかった。
「ホント? すごーい!」
 ハルカの瞳にシャンデリアみたいな光がキラッと入る。うげ、まずい。あんなもんのどこがいいのか解らないがハルカは最近覚えた将棋に夢中なのだ。これ以上ロビ太が余計なことを言わないようオレは必死に電源スイッチを探した。パートナーロボットなんか持ったことないし、あせりまくってスタンバイの方法を思い出せなかったんだ。
 だけどハルカはオレの気持ちを蹴っ飛ばして、いきなり乗り気になっている。
「ねぇロビ太、それってどんなソフト?」
「一般モード、指導モード、熱血モードのほかにDVモードがあります」
「DVモード???」
「負けたらとりあえず暴れるんです」
 そんなモードは要らん。と思ったとたんにハルカがピッと人さし指を立てた。
「あたし熱血モードがいいなぁ! 一度やってみたかったのよ、必殺技みたいに絶叫しながらコマを進めるのぉ」
「ちょっと待て、それはすごく変だぞ。てかオレ達今日は出かけるはずだろ!」
「ええー? ダメなのぉ?」
 微妙に背中をよじらせたあと、マシュマロみたいなほっぺたがぷっとふくらんだ。
「サッちゃんてばあ。オーロラドームは明日も行けるけどロビ太は今日だけでしょ?」
「サッちゃんてゆーな!」
 その呼び方ヤなんだよ。思わず怒鳴るとハルカは急に甘ったれ声になった。
「ねぇ一局だけ。すぐに終わるやつにするからさぁ〜」
 体をゆすりながらにじり寄ってくる。大っきい胸がぷるぷる震えて、今にもオレの二の腕にっ。おしい、もうちょっと前! もっと前へ来てくっつくのだ!
 我を忘れてくらくらしてるとハルカはロビ太が腹から出してきた折りたたみ将棋盤をストンと開き、真っ向から吼(ほ)えた。
「熱血モードの初級レベル、ハンデなしの平手よ! 覚悟はいいわね?」
「熱血モード、初級レベル。平手戦で設定しました」
 ロビ太はガチャガチャ音を立てながらハルカの向かいに陣取ったかと思うといきなり熱血! 両腕を振りあげて叫んだ。
「勝負を受けたからにはあとへは引けません。ワタシが負けたら潔く脱ぎます!」
「はぁ?」
 ロボットが脱いでどーする! とツッコミそうになって、ノドちんこが舌の奧にはりついた。ツバを飲みたいのに飲めない。ロビ太はまぁどうでもいいとして、ハルカ。
 首を回してそっちを見たらハルカは不思議そうな顔をしていた。
「脱ぐってロビ太、服着てないじゃん」
「いいえ、脱ぐったら脱ぐんです! 塗装も外装も全部とります! ICチップにホコリがたまろうが雨でサビようが二言はありません。ロビ太は男です!」
 ロビ太の目玉が点滅した。クリスマスツリーみたいにグリグリ光って見てると微妙に恥ずかしい。がっ。
 男だと思った。
 オレは相手が金属だということを忘れてバシッと肩に手を置いた。手はしびれたけどノープロブレム。そんなことは問題じゃない。
「えらいぞお前、絶対勝てよ」
「ちょっとサッちゃん、何考えてるのよ!」
 腰に手を当ててハルカが言い放つ。唇なんかとがらせて明らかに怒ってら。オレが口を開くより早くビカッとロビ太が光った。
「心配しないで下さい。ハルカさんは女の子だからハンデをあげます」
「今さらコマ落ちしようって言うの? 女の弱みを利用して優越感を持とうだなんて、男のすることじゃないわね!」
「そーだそーだ、堂々と戦え。ハンデなしの平手ってさっき言ったじゃないか」
 力説したとたん、ハルカの平手打ちとロビ太のハンマーパンチのはさみ打ちにあった。
「痛ぇ、ロボットのくせに生意気だぞ!」
「サトルさんは何を考えてるんです? ハルカさんが負けたらワタシのおでこにチューしてもらいます。それがハンデってことで」
 ハルカはバンとデカい胸を張って答えた。
「ロビ太あんた本物の男ね。勝負よッ!」
 こうして内容はともかく見た目の異常な戦いが始まった。
「ぬおぉぉぉ! 2二銀!」
「受けて立つわよ8七歩ッ!」
 ハルカがビシッとコマを進めると、ロビ太のカギ爪が空中でピタリと静止する。
「ふっ、あなたもなかなか漢(おとこ)ですねハルカさん。ならこっちも容赦しませんよ。横歩取り8五飛イィー!」
「ひるむもんですか新山崎流4八銀ーー!!」
 わけ解らん。
「恥ずかしいからやめてくれ! ハルカぁ、オレ達オーロラ見に行く約束じゃないか!」
 涙目になった絶叫もむなしく、一人と一台は必殺技をかまし合うように叫びながら一手一手を指し続けた。完全にドーパミン大放出のイッちゃった状態だ。
 そのかわりなのか勝負の進みは早いらしい。三十分もしないうちにハルカの顔がひきつり青ざめて目がうるんできた。
 これって負けてるよな? と思ったとたん。ハルカがDVモードに入り、バンッ! とテーブルをぶん殴った。
「嫌あぁぁ! もうダメえぇぇーーっ!!」
 絶叫投了宣言ってすげぇ。気を取られて眺めていたらロビ太がじわりと迫っていった。
「負けを認めるんですね? だったらハルカさん、約束どおりキスして下さい!」
「あ、うぅ……っ」
 ハルカは頬をおさえて首を垂れた。痛々しく伏せた目から大粒の涙があふれ出す。
 オレは思わずキレてしまった。
「クソバカ野郎、嫌がってんじゃねえか!」
 テーブルの将棋盤をひっつかんで殴りつけようとしたら、ハルカがドーンと体当たりを食らわせてきた。
「サッちゃんたらやめてよっっ。そんなことしたらズルになっちゃうじゃないの!」
「だけどお前、ヤなんだろ? こんなロボット野郎に!」
「ロボットにチューで泣くわけないじゃない! 負けてくやしいから泣いてるの!」
 ハルカは叫んでオレを押しのけ、きつく目をつぶってロビ太の額に唇をつけた。歯を食いしばったままで。ロビ太は両腕を前に持ちあげたポーズで止まってる。ひじ関節がなくて背中に腕を回せないので、自分なりに抱くポーズってことらしい。すっげえムカつくっっ。オーロラバックに写真とったあとあれこれ色々あって、最後はハルカとああなるっていうオレの計画は!?
 思いっきりにらみつけてたらハルカはパッときびすを返し、外へ向かって走り出た。
「おいハルカ、オーロラは見ないのか!?」
「サッちゃんごめん、また今度!」
 願いが叶う写真をとりたがるって、願い事あったからじゃねえの? 追いかけて聞こうとしたのに、ハルカの背中はあっという間に向かいの家に消えてしまった。
 オレは怒り狂ってマニュアルを読みまくり、ロビ太をスタンバイモードにした。電源スイッチがどうしても見つからなくてさ。

 その日の晩は夢を見てた。暗い中を歩いていたら夜空がバーンと爆発してシャワーみたいな虹色が降り注いでくるんだ。オーロラ直下のブレイクアップ現象。結局一人で体験かよ。すげぇくやしい、やっぱハルカと見たかった。拳を握って眺めていたら、空いっぱいに飛び広がったプリズムがどんどん安っぽくなっていって、いつの間にかキャバレーの看板みたいな豆電球に変わってしまった。
 まぶたの中で白い光がパシッとひらめく。
 びっくりして目を覚ますと、頬のところにカギ爪の手がぬうっと突き出していた。
「な、なんだよロビ太。スタンバイは!?」
 叫んだ声まで飛びあがってた。オレの顔をはさみ込むようにしてロビ太が枕元につっ立ってたんだ。すっげぇ異様な光景だった。
「こんな所で何やってんだよあっち行け!」
 壊れた音がジコォと響き、カギ爪がずるずる引っ込んでいく。ロビ太は真っ直ぐ後ずさったのだ。首をひねってそっちを見たら胸の青ランプが闇の中で点滅し始めた。
 ヤバイこの光り方はデータ送信だ!
 我を忘れてオレはわめいた。
「てめえヒロキに何送った白状しろおぉ!」
 ロビ太は答えず腕をおろした。青の点滅が静かに消えていく。軽い音がチィと響いた。
「答えろロビ太! おい! おい……っ?」
 何か変だ。ロビ太の光がどんどん死んでる。胸も目玉も、スタンバイランプも。
「サトルサン今日ハ楽シ……。オ休……ミ」
 起伏のない音の集まり。途切れちまった言葉は聞き慣れたロビ太の声じゃない。まるで名前のないロボットみたいだった。
「ロビ太どうした? ロビ太っ!」
 オレは慌てて起こそうとした。マニュアル読んであちこち調べて、怒って叩いて名前を呼んで。だけどロビ太は目覚めない。
 気がついたらすっかり空が白くなって夜が明けてた。なんかおかしい気分だ。どーせヒロキの仕業だろと思ってるのに腹を立てるよりロビ太が反応しないことに落ち込んで。
 ホコリだらけのポンコツみたいになっちまったロビ太を叩いてオレは立ち上がった。
 蒼白になったハルカが庭先に飛び込んで来たのはその時だ。
「ちょっとサッちゃんどういうつもり!?」
 スカートからはみ出た二本の脚がガツッと芝生を踏みしめた。くしゃくしゃになった紙を握りしめて思いっ切りの仁王立ちだ。びっくりして固まってたら、ハルカはベランダのとこまで走ってきてダンダン! とガラスを殴った。
「出てこいサトル! もうぜったい怒ったんだからっっ!」
「ど、どうしたんだよ一体!?」
 慌ててカギを外したとたん。ハルカはドカンと飛び込んできた。
「ひどいじゃないのバカッ!」
 朝のリビングにパン、と音が響いて目の前が真っ白になる。気がついたらオレは床に転がってた。いきなりひっぱたかれたんだ。よけようとして後ろへ跳んだらロビ太にぶつかって。バランスくずしてビンタも当たった。
 ハルカはむき出しになった腕を組んで上からにらみつけた。
「何その情けないカッコ」
「何って……ロビ太が動かなくなって」
 床に尻モチついたままポツンと答えると、ハルカは涙目になって握りしめた紙切れをパシッと頭にぶつけてきた。
「こんなモノ送ってきたりして変な使い方するからよ! バチが当たったんじゃんっ!」
 そのままオレに背中を向けて右手で目を覆った。もう片方の手はカバーのかかったイスの背を固くつかんで、指先が真っ白になるほど力を込めてる。
 何が何だか解らないままオレは投げられた紙切れを広げ、次の瞬間凍りついた。
 マジでドヘタな合成写真。オレとハルカが目をつぶって口をくっつけてる。
 なっ。なんだちょっと待て。グラグラする脳ミソを引っかき回してオレは必死に考えた。ハルカの横顔はロビ太にチューの時だろ? オレが目をつぶってるのはつまり。
「違う無実だ信じてくれえぇ!」
 写真を握りつぶして天井に向かって吼えた。あの時ロビ太に寝顔をとられたんだ。目が覚める直前に感じた白い光はフラッシュで。
 ハルカにキスさせた時あいつが両腕を上げたのだって、抱くポーズなんかじゃなかった。腕の内側に隠しカメラがついてて、横顔のアップを狙ったに違いない。だからゆうべもあんなブキミな格好で隠しどりをっっ。
「ヒロキの野郎ブッ壊す! ロビ太をメチャクチャにして精神から破壊してやる!」
 ロボットオタクを立ち上がれないほど叩きのめすならこの方法しかねえ。イスをひっつかんでロビ太の脳天を直撃しようとした瞬間。どっからともなくマヌケな声が響いてきた。
「サトル君、それはないよな? せっかくキューピットしてあげた親友にさっ」
「なっ……どこだ? 姿を現せ!」
「ああっ。いいなぁそのセリフ。お前が悪役でオレがヒーローみたいだぜぃ」
 庭の茂みがガサッと動いてナマケモノみたいな顔がせり出した。頭のてっぺんに毛虫を乗せて無意味なガッツポーズを作ってる。
 オレは怒ってつかみかかった。
「殺すてめえ絶対コロス! ハルカを泣かせやがって人格ごと破壊してやる!」
「やめてサッちゃん落ち着いて!」
「落ち着いてられるかよ!」
 キレまくって叫んだその時。ハルカがドーンと体当たりを食わせてきた。昨日ロビ太をかばったのと同じに。
「なんでコイツをかばうんだよ!?」
 さっきは泣いてたじゃねぇか! 頭にきて腕を振り回してたら、ジココッと音がして聞き慣れたおもちゃ声が背中から近づいてきた。いつの間に復活したんだロビ太!?
「ハルカさんすいません。全部ワタシのAIの陰謀です。責任とります分解して下さい」
「ウソつけ最初からプログラムされたかヒロキの遠隔操作だろーが!」
「やーっ、実はそうなんだけどね」
 ヒロキは大げさに頭をかいた。相変わらず毛虫つけたままのよーだが教えてやらん。
「でもハルカちゃん解ってやってよ。サトルのヤツはさ」
 ごちゃごちゃした言い訳をさえぎってハルカはビシッと言い放った。
「もう解ったからあっち行っててよ!」
「あっ、だからちょっと聞いて」
 ヒロキの横っツラでゆるい平手打ちがぺしっと鳴いて。ハルカは小さくうなだれた。
「……もう解ったから……」
 細い肩がピクンと動く。流石の一人と一台も、慌てて門から逃げ出した。バカ野郎ォ!

 庭の緑がやたらとまぶしい。ヒロキ達が消えると急に辺りがガランとなった。ギュッと目をつむってカッコ悪くてまた開けて。何もまともに見られない。二人ぽっちになった隙間を風がカサコソすりぬけてく。
「ハルカあのさ、オレ」
 何言ったらいいのか解んねぇよ。自分が手の形した汗握ってるのは解るけど。
 そのまま黙りこくってたら、少しだけ涙の残った目を上げてハルカがやっと微笑んだ。柔らかい手が伸びてオレの腕に触れてくる。ちょっと震えた指先は冷たくてあったかくて。
「もう解ったから。サッちゃんは悪くないって。それからね」
「……そ、それから?」
「ニセ物のオーロラの力なんか借りなくても、願いは叶うって」
 オレは目の前の手をそっと取っておっかなびっくり引き寄せてみた。
「叶えるつもりで誘ったオレってバカ?」
 ハルカはうなじを見せて答えない。
 二人の距離がゆっくり縮まり、白いまぶたが伏せられた。息が止まりそうだ。
「ニセ物でも二人で見たくてさ。夜空の真ん中でオーロラがブレイクアップするやつ」
 ついでに心臓も止まっちまえ。
 ハルカの唇が近づき、額の上でチュッといったあと軽く口に触れてきた。朝のプリズムが色とりどりの帯になって降り注ぐ。
 幻みたいな光じゃないけどサイコーの炸裂(ブレイクアップ)だったよ。

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