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B-06  生命 撒(ま)く者 〜 Panspermia

 かの種族同士の諍(いさか)いは、生物的に始まった。かの種族が進化干渉して作製したある微生物が、かの種族の集落に撒かれた。かの種族のうち、弱い者が体液を吐いて倒れ、生物学反応を停止した。微生物はさらに進化し、かの種族のうち、もっとも剛健な者までが、次々に「死」の状態へ移行した。

 戦いもまた移行した。生物的ダメージは、物理的破壊力の起動にとって替わった。小規模な戦いを繰り返すには、人員が不足していると、空を行き交う電波は囁いた。

 復讐は復讐を呼び、破壊力は巨大化した。電波はついに告げた。星が壊れる、と。

 かの種族の一人が私を選んだ理由は知らぬ。迷惑な話である。私をうがち、こともあろうに戦いの序盤を担った微生物を詰めたカプセルを格納した。小さな自動基地が設置された。

 星が壊れる瞬間、私は、星を壊したと同じ物理力によって、宇宙へと弾かれた。私と同じ思考を持つ者たちが星と運命をともにして砕けた時、独り、宙への旅を強いられた。


 沈黙の真空を、私は進んだ。

 私に旅を強いたかの種族が、私を意思ある者と気づいていたとは思われぬ。私を、単に硬くて手ごろな大きさをもつ岩塊とのみ認識していた可能性が高い。私の側では、電波を聞くことで、彼らに対する知識を持っていたこと。私たちが、同胞と会話し、孤独を感じ、孤独に苦しむ種族であることを、知っていた証拠は、何ひとつない。

 けれど私は精神を持っていた。旅立ったとき、私はたしかに、精神を持っていた。けれど、宇宙の単独行はあまりに孤独で、静かだった。ひたすらに続く真空の旅。ごく稀に、恒星を見た。そしてその傍らを飛びすぎた。楕円の軌道に囚われ、何度か巡ったこともあった。けれど、バランスは得られず、また虚空へと放たれた。変化は少なく、短く、虚無の空間を進む旅へ戻るのだった。当初、私は自分の精神が閉じるのを、恐れた。抵抗も空しく、自らの精神が閉じるのを、感じた。それから、無感覚へ陥った。たぶん、長い間。

 目覚めたのは、私の上に設置された自動基地が蠢いたからだ。

 私の目の前に星系があった。惑星をもっていた。装置は身じろぎ、惑星を調べた。その惑星には生命がなかった。少なくとも、自らを滅ぼしたかの種族の定義における生命はなかった。装置は、それを確認したと、電波で囁いた。滅んだ故郷への通信ではなかった。ごく短距離の通信。私の上に設置された、もう一つの装置を起動する囁きだった。

 それは、私の一部を割り欠き、射出した。私の種族は痛みを感じない。けれど、ある程度の距離までは、自分の部分の温度や状態を知る知覚がある。
 私の一部は、いまだ生命なき、けれど、微生物が成育しうる条件をもった惑星へと落下していった。惑星の大気との摩擦で、私の破片は高温に焼けたが、微生物を収めたカプセルは内部で冷却され、生物の活性を保持した。地上に激突した衝撃を引き金(トリガー)に、微生物は星へと撒かれた。

 なんという……、なんという馬鹿馬鹿しさ。星を壊したかの種族は、自らを滅ぼすきっかけとなった微生物に、異星での進化を託したのだ。私はその愚かな試みを唾棄しようと試みた。

 そのとき。

 惑星が囁いた。降りておいで、と、私の知る言葉、精神をもつ岩塊たちの言葉で囁いた。
 私たちには、弱い念動力がある。自分の進路を微妙にコントロールすれば、私は惑星に堕ちることができる。私の精神は落下によって損なわれることはあるまい。自らが撒いた生命の行方を見届けたくはないのかと、惑星は私に問いかけた。
 それは、物理的な痛覚を持たない私の精神に、ある種の痛みをもたらした。それが誘惑であることを、私はようやく認めた。別の精神との出会い、孤独の旅の終わり。私が運んだ生命の多くは死ぬだろう。けれど、わずかなものが生き延びるかもしれない。生き延びた者は、進化するだろう。故郷の星でそうであったように。

 けれど。けれど。けれど。
 私に設置されたカプセルはまだ残っていた。

 私は、呼んでもらったことを謝し、けれど告げた。私は、旅を続けると。

 私は一つの惑星に出会った。命を継ぎうる惑星に。旅を続ければ、次の出会いもあるかもしれぬ。そこに、この惑星に撒いたと同じ起源をもつ命が進化したとすればどうだろう。惑星の条件は個々に違う。生命はそれぞれに異なった進化を遂げるだろう。だが、もしも、遠い未来に、二つの種族が出会うとしたら。

 私は、旅を続ける。最後のカプセルが射出された星で、もしも物理的な条件に許され、私のかすかな念動力でその星に降りることが可能であったなら、そこで生命の行く末を見ることにしよう。

 私が撒いた生命たちが出会う、そのとてつもなく薄い可能性を、待ちながら。
 自らを滅ぼした愚かな種族の、最後の夢を見届けよう。

 惑星は、諾、と、言った。

 私は、自らの精神を、恐れることなく閉ざし、自らの身を再び旅への軌道に任せた。
 次に目覚める、刻を待つために。


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