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E-01  星

序章 2006

クリスマス5日前の夜、とある家の居間で、父と8才になる娘が語らっている。

「クリスマスプレゼントに何が欲しい?お父さんがサンタさんに伝えておいてあげる」
「まだ決まってないの。悩んでいて」
娘の返事に父は狼狽した。
「サンタさんにだって、準備の都合があるだろう。ほら、悩んでいるならその幾つかを言ってごらん」
「それじゃあ私、星が欲しい」
「星?星というのは、つまり隕石が欲しいってことかい?」
「ううん、本当の星」
娘は無邪気な表情をしている。
娘は、サンタクロースならどんな願いも叶えてくれると思ったらしい。
父は娘の無邪気さに打たれて、一瞬言葉を詰まらせた。
そして言った。
「夜空の星が欲しいなら、どれでもいい、自分の好きな星を選んだらいい。その星はきっとお前のものだよ」

第一章 2106

地球規模の環境破壊が進んだ結果、大気の組成が完全に変化してしまった。
そう、地球は人類の住めない星となった。
人類はシェルタードームを建設して急場を凌ぎ、
やがて宇宙へと非難した。
宇宙空間の方が太陽エネルギーを効率良く得られるからだ。

クリスマス5日前の夜、とあるスペースコロニーにて、ある家の居間で、父と12才になる息子が語らっている。

少年はもはやサンタクロースなど信じていないようだ。
コロニーにある巨大なダクトを通ってサンタはやってくるのだろうか。
そんな馬鹿げた連想をしつつ、少年は父に言った。

「父さん、クリスマスプレゼントはファーストガンダムのCL−DVDがいいな」

父は驚いて答えた。

「馬鹿を言え、ガンダムは発禁になっていると知っているだろう?
 そうでなくても一世紀も前の作品なんだ。
 見たところで全てが荒唐無稽、見る価値など全く無い」
 
「へえ、つまり父さんは見た事があるって事か」

「仕事柄見る機会があっただけだ。
 一度しか見ていないし、また見たいとも思わない」

少年はソファーの上でつまらなさそうにのびをした。

「あ〜あ、つまんない。
 噂じゃ凄く面白いって聞くんだけど。
 歴史上始めてスペースコロニーがアニメに登場したとか。
 一世紀も前なのに凄いじゃん。
 それだけでも凄く興味あるよ」

父は不機嫌そうに顔を曇らせた。

「人間は隠された物に興味を持つものだ。
 それは仕方ない。
 しかしもう一度言うぞ、
 本当に見る価値は無い。
 以前に見た事がある。
 本当につまらなかった」

少年は暫く口を尖らせていたが、やがて彼なりに納得したようだった。

「それはそうと父さん、地球での戦いは一段落したの?
 まあ、一段落したから戻れたんだろうけど…」

「いや、膠着状態のままだ。
 戻れた理由はお前にも教えてあげられないが、
 クリスマスが終わって直ぐ、翌日には再び行かなければならない」

「…」

地球は人間の住めない星となっていたが、人類に代わる知的生命体が地上を席巻していた。
彼らは外観上人間にそっくりだった。
彼らは人間の突然変異種ではないかという意見も一部にあった。
しかし、そんなはずはないのだ。
大気組成の変化により、人間は地上に生きられなくなった。
それは今も変わらない。
つまり、彼らが地上に存在するという事実そのものが、彼らが人間ではない事を証明しているのだ。
では、彼らの起原は一体何処にあるのか。
それはいまだ解明されないままであった。

現在、地球とスペースコロニーは交戦状態にある。
宇宙の民は、地上の民への嫉妬心から、無益な争いを仕掛けたのだ。

「我々はいずれ地上に還る」父は息子に言った。
それは自らに語りかける決意のようでもあった。

「地球の空気は元に戻るの?」

「いずれ元に戻る。その時、やつらは皆窒息死するだろう」

息子は思った。

それなら何故、今戦わねばならないのだろう。
大人の言うことは一々矛盾している。
それとも、僕の知らない秘密がまだ他にあるのだろうか。

『人間は隠された物に興味を持つものだ。
 それは仕方ない。
 しかしもう一度言うぞ、
 本当に見る価値は無い。
 以前に見た事がある。
 本当につまらなかった』

ああ、本当につまらない…。
少年は立ち上がり、自分の部屋に向かった。

父はただ、真っ直ぐ前を見ていた。

第二章 2206

原野に冷たい風が吹き渡る。
満天の星空の下、小さなテントに人類の末裔が生き延びていた。

父は4才になる娘を寝かしつけていた。

「ねえお父さん。昔、月に人間が生きていたって本当?」

「ああ、本当だよ。昔、人間は天空の星々に住んでいたんだ」

父は優しく娘の髪を撫でている。

「不思議ね、どうして人間は空から落ちちゃったのかしら」

「天界と地上界で大きな戦いがあったそうだ。
 天界の民が争いに破れ、地に堕ちた…。
 伝承ではそう伝えられているが、もしかしたら今でも天空に人間が居るのかもしれないよ」

「ふうん…。本当なのかな…。人間は空を飛べないのに。
 それとも昔の人間には羽があったのかしら?」

「どうだろうね。まあ、伝承というのは所詮作り話かもしれないね。
 でも、鳥が空を飛べるように、人間にも空を飛ぶ方法があったかもしれないよ。
 嘘みたいな話だけれど、もしかしたら…?って、お父さんは思うんだ」

「そうだ!!魔法だよ!!
 きっと昔の人は魔法を使えたんだよ!!」

娘が目を輝かせたので、父はおやおやと思った。
寝かしつけるつもりが、興奮させてしまったようだ。

空気は澄んで、不気味なほどに美しく星々が瞬いている。

小さなテントを巨大な夜が包んでいる。
二人が存在する意味を問いかけ、絶望させるように。
 
二人はずっと、仲間である”人間”を探す旅を続けている。
明日もまた、二人はテントをたたみ、荷物をロバに乗せ、道なき道を歩き続けるだろう。

娘には家族や友人達が必要だ、父はいつもそう思っていた。
自分達が今を生きているように、きっと何処かで仲間が生き延びているに違いない。

娘は父を信じていた。
そして父は自分自身を信じる他は無かった。

…大昔、人間は本当に天空から堕ちたのだろうか。
もし人間が天空にいたなら、きっとそこは楽園だったに違いない。

娘はようやく寝付いた。
父は目を閉じたまま、物思いにふけっていた。

遠い昔に血を分けた兄弟が、今も天空に住んでいるのかもしれない…。
…もしも天空の民が今の私と娘を見たなら、彼らはきっと同情してくれるはずだ…。





「私はここにいる、私はここにいる」

テントを静かに叩く、風の音よりも密かに、父は小さく呟いた。

そして星々は無言のまま、親子の上に瞬き続けていた。


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