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E-03  真夜中の散歩

 ──あれがおおぐま座で、あっちに春の大三角。
 そうやって位置を確認しながら、今度こそおとめ座の形を辿ろうと夜空と睨み合う。地球一周貧乏旅行なんつーコトをやってここまで来たおかげで88星座の殆どの形が辿れる様になった俺だが、唯一このおとめ座だけは未だにおおまかな形を掴む事すら出来ずにいた。
 ──そんであれがおとめ座の一等星スピカだから──…………
 だあぁ、くそッ!
 心の中で悪態をつく。あまりもの星の多さにだんだん何処を辿っているのか分からなくなり、俺はそのままゆっくりと壁に寄り掛かった。背中に当たるごりごりした瓦礫の感触に、一気に現実に引き戻される。
 そう、これは現実逃避でしかないのだ。寄り掛かった途端、それまでひたすら視界に入れない様にしていた爆撃を受けて倒壊したビルやまだ何処かで燻っている所から立ち上る煙と言ったモノが目に付いてしまう。何故ならこの町は今日も政府軍による攻撃を受けていた。そしてこの内戦に巻き込まれるまでただの旅行者だった俺は、元はただの批判勢力だったのが今やレジスタンスとしてこの国の各地で現政府を倒すべく活動している組織の協力者になり、ただいま地下でちょっとしたクラッキングを行っている相棒の為に周囲を警戒しているのだった。
 ──今の所は大丈夫か。
 神経を集中しつつ意識を拡散させて素早く周りの気配の変化を探った後、俺は再び夜空を見上げた。今度は北斗七星とも呼ばれるおおぐま座のしっぽから、春の大曲線を描いてもう1度スピカの位置を確かめたものの、やっぱりどうにも星の並びが掴めない。何より、あまりにも星が多過ぎる。
「終わったぞー」
 作業が終わった相棒が上がってくる。俺は視線を地上に戻し寄り掛かっていた壁から離れたが、相棒は俺が何をしていたのか気付いた様だった。
「またおとめ座探してたのか?」
「あー」
 曖昧に返事しながら、近場のシェルターを目指して歩き出す。相棒が後から付いて来るのを足音で確認しながら、俺は視線を少し上に向けながら言った。
「しっかし、皮肉なモンだよなあ」
「何が?」
「星がこんだけよく見えるってコト」
「は?」
 わざわざ星を見る習慣の無い相棒にはピンと来なかったらしい。しょうがねえなと思いながら振り返ると、俺は言った。
「内戦前じゃこんなモン見れなかっただろってこったよ。あんだけ人が住んでて夜中でも明るかったんだからさ」
「あぁ、なるほど」そう言って相棒は頷いた。「そーいや昔学校の授業かなんかで観測会だっつって参加させられた時は、こんなに見えなかったなあ」
 内戦前、ここは小さな地方都市の中心部だった。だからそれなりに住人もいたし、街灯は煌々と灯り、車通りだってそこそこあったから闇夜なんてのはあり得なかった。処が今や地上に人の気配は無く、さっきまで燻っていた小さな炎も消えた今では夜空の星々ぐらいしか光るものは無い。
 だけどその星々が、内戦前にはまずどう頑張っても見る事が出来なかった満天の星空なのだ。もし爆撃によるホコリやチリといったものの影響が無かったら、まだ終わっていないこの貧乏旅行の1番最初に、この星のヘソと言われる所で見た様なひしめき合うほどの絶景になっていたかもしれない。
「だから、皮肉だっつーんだよ。町中停電にでもならなきゃこんなん拝めなかった訳だろ?」
「そーだなぁ」
 言いながら、相棒も空を見上げる。そうして俺達はしばし黙り込んだ。
 何処まで行ってもこの町の、この国の置かれた状況は異常なのだ。政府軍の攻撃から逃れる為にシェルターに潜み、だがそれすらもいつ爆撃によって破壊されるか分からない。今さっき俺達がクラッキングの為に行ってきた所がいい例だ。あそこは割と初期に作られたシェルターの跡だったとこの相棒が言っていた。
 ついでに言えばわざわざこうして夜中にそんな所まで行ってやってくるのだって、今俺達が潜んでいるシェルターでは既に別の目的で使われているからだが、幾ら見つからない様にこそこそしながらこんな事をしていても、実際問題いつ見つかって殺されるか分からない。もしかするとシェルターごとやられるかもしれない。
 最悪、明日の今頃は文字通り夜空のお星サマになってるかもしれない。
 それは一歩間違えば本当に死んでしまう狂気を連れてくるプレッシャーだ。そうじゃなくてもとっくに国外逃亡なんぞほぼ不可能なこの状況で、誰もが一度は無残な姿で人が死んで行くのを目にしている、そんな中でみんな狂ってしまうその一歩手前で踏み止まっている。だけどこの相棒の弟はかなり初期の段階で、目の前で両親と妹を殺され狂ってしまった。そして目を離した隙にシェルターの外に出て行き、次に見つけた時には身体の大部分を失った死体になっていた。
 この相棒がハッカーとしての矜持を捨ててクラッキングを始めたのもその頃からだ。それを止める訳でも無くこうして護衛とも見張りとも付かない事をやっている俺も相当なお人よしだとは思う。そりゃあ俺だってまだまだ死にたくは無いが、それ以上に今こいつを死なせる訳にはいかないというのが上回ってしまったせいかも知れない。
 そもそも今やっているクラッキングはこれからの為の前準備でしかない。こいつが言うには政府軍を機能停止に追いやる仕掛けだそうで、生憎クラッキングどころかハッキングにすら詳しくない俺にはちんぷんかんぷんだったが、それが可能な限りこっちの被害を抑えてラクに勝つには必要な事だってのは流石に分かる。どうあがいても今のレジスタンスの戦力では政府軍に敵わない以上、軍事力では無い別の手が必要になる。出来る限り戦闘を避けるのなら、こいつのこの作業は確実に生きてくる筈だ。
「なあ、そーいやあとどれくらいで終わるんだ?」
 ふと気になって、にも関わらず上を向いたままの俺が聞く。
「んー、少なくとも1週間は欲しいなぁ」
 それに対して、相棒も上を向いたままで答えた。
「もうそんなモンなのか?」
 思わず俺が相棒を見ると、相棒も俺の方を見て言った。
「ある程度は昼のうちに準備してるからなあ、あとはコレが終わってからタイミングを計るだけだよ」
「ってコトは、いい加減そっちの方も詰めておかないとマズイな」
「ああ、頼むよ」
 全ては、出来る限り犠牲者を出さない為に。
 政府のトップの連中を生け捕りにして、きっちりと責任を取らせ負債を払わせる為に。
 逃がす事も殺す事も無く、確実にふん捕まえて──まあ多分無傷でってのは難しいとは思うが──この戦争を終わらせるのだ。
 それがどれだけ難しい事かは解っている。だがそれを成す為に、これが終わるまで俺はここに残り続けるつもりだった。たかが旅人、されど旅人、貧乏旅行とは言え世界一周を目指すこの俺のコネを甘く見るなってんだ。
「そんじゃ流石に別の所から繋がねえとな。どこかあるか?」
「だったら今から行ってみるか? ここからだと1度シェルターに戻る事になるけど」
「なら一旦顔出してからにするか……」
 もう1度夜空を見上げる。星々は変わらずにそこにあった。
 季節が変われば星座も変わる。それと同じ様に、この内戦もいつかは終わる。
「……俺達で、終わらせような」
「ああ」
「つっても、俺がおとめ座の形が掴めるようになるのが先だろうが」
「いや絶対それは無いね。どう考えてもお前は一生おとめ座だけ形が掴めないままだと思うよ?」
「どーいう意味だよ!?」
 まあせめて。とりあえずは。
 明日も、こうして夜空を拝めますように。


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