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F-01  星

 センサーを細かく走らせて出てきた結果はいたく満足のいくモンだった。こいつを上手く掴まえられたら、相棒と山分けしても半年は楽に遊んで暮らせる金が入る。
「ふーん。で、どうすんのよ? キースちゃん」
「どうするって。横取りされる前に掴まえて、クライアントに受け渡してお金を頂く。いつもそうしてるだろ」
「あれをぉ?」
 相棒のビルはモニターを眺めて首を横に振ると溜息を付いた。
 おいおい。せっかく見付けたお宝だせ。見逃して他の奴らに取られるのは勿体無いだろ。
 ……。そりゃ相手は俺達が乗ってるオンボロ中古宇宙船の二倍以上でかい、微衛星と呼ばれる氷の塊だけどよ。

 ここは土星のリング外層地帯。当然氷は山ほど有る。クライアントの要求は飲料水や燃料に精製出来る氷を出来るだけ持ち帰る事。
 俺達が見付けた氷はこの辺りにしちゃ放射線レベルが低く、成分は水素が六十パーセント以上を占め、更に運が良い事に酸素も表層部に五パーセントばかり入っている好物件だ。メタンとヘリウムの含有量も多いが、燃料として喜ばれる。僅かに含まれているアンモニアや形成時に混じった不純物は五回ばかり蒸留すりゃ完全に取れる。
「なあ、キースちゃん。せっかくの大物だし勿体ないって気持ちは凄く解るんだけどさ。この船であれ引っ張るのって無理じゃない?」
 口調は中途半端なカマ言葉だが、珍しく真面目な顔でビルがシミュレートモニターを指さす。
 なになに? 俺達の宇宙船が無事にあの氷を引っ張れる確率は二十パーセント、土星の重力に負けてエンジンがぶっ壊れる確率は……五十二パーセントかよ。根性無しの船め。
 普段は黙って俺達の指示に従う宇宙船のAIが思いっきりイヤイヤをして、涙まで流しながら懇願してきやがる。
「ビル。お前またジョンに変な手を加えやがったな」
「だって、キースちゃんてば機嫌が良い時以外は無口だし、休憩時間は寝てばっかじゃん。俺ちゃん遊び相手が居なくてつまんないんだもん。本体はウォーカーII型JP0187754なんて無粋な名前だろ。せっかく俺がジョンて素敵な名前を付けたんだし。個性くらいは欲しいよね。ジョンちゃん」
 AIのジョンはモニターの中で嬉しそうに何度も頷いた。
 うげぇ。俺はこの手のモン凄く嫌いなんだよ。何だって所詮は機械に名前を付けて個性まで持たせるんだ。AIのカスタマイズはユーザーの自由とはいえやり過ぎだっての。精神衛生に悪いビルとジョンの微妙ななれ合いスルーしよう。

 俺達みたいな宇宙ハンターが生きていく方法はいくつか有る。
 一つは大企業の鉱山に雇われて、危険地帯でガンガン働く。短期決戦で纏まった金を貯めたらさっさとおさらばして地球へ帰る。
 いきなり地球を出てきて金が無いヤツは必ずコレを始めにやるんだが、労働環境がキツクていくつ命が有っても足りねぇのが実状だ。俺とビルもこれがスタートだったが二度と戻りたいと思わない。
 一つは期限付きで土地を借りてひたすら資源を掘って賃貸料プラス採った資源の一部を土地の持ち主に渡す。これは割と安全だが、なかなか金が貯まらないし、下手に大物を当てようモンなら分配量や賃貸料で地主と揉めて裁判で負けるのがオチだ。
 最後に俺達みたいに貯めた金で自分の宇宙船を買って、フリーで色々な企業と取引する方法。資源が多い小惑星を探して企業に情報を売ったり、今みたいにクライアントの依頼で目的のモンを探す場合も有る。ブツによって収入の当たりはずれは大きいが、とにかく自由で気楽なのが良い。
 俺とビルはガニメデ鉱山で知り合って以来の付き合いで、もう十年も組んで仕事をしている。

 解析結果を見直しながら俺はシートから立ち上がった。
「キースちゃん、ドコ行く気?」
 後ろからビルが心配そうに声を掛けてくる。お前だってもう分かってんだろ。俺達がアレに全く損傷を与えずに掴まえられる唯一の方法を。
「装備一式持って格納庫から外に出る。ビル、ジョン、サポートを頼む」
「ちょっと。キースちゃんってばマジぃ?」
 止めようとするビルの声を無視して俺は格納庫へのハッチへ向かう。五年に一回巡り逢えるかどうかで全く手つかずのお宝だ。そうそう諦められるかっての。

 リモートブースターと工具一式をエアバイクにセットして、硬質宇宙服に腕を通す。
 格納庫のモニターにジョンが現れた。
『マスター・キース、本当に行くんですか?』
「ああ」
 ジョンは軽く溜息を付く。本当に意思表示が人間臭くなったな。
『補助ブースターを三つお持ちください。メインの三つだけではアレの軌道を変えるのはパワー不足です。離脱軌道に変えるだけなら、予備燃料は要らないでしょう。一旦加速すれば、掴まえて僕のエンジンでも何とかなります』
「分かった」
 ヘルメットを被り、格納庫の空気を抜いているとジョンがまた声を掛けてきた。
『マスター・キース、絶対に帰ってきてくださいね。マスター・ビルと僕が待ってますから。サポートは任せてください』
 よせやい。なんだかくすぐったくなってくるぜ。
 そういや、今日はビルの「行ってらっしゃい」を聞いてねぇや。無茶をすると怒ってるんだろう。
「ビル、行ってくる」
 一応、マイクを通して声を掛けてみたら「どうせキースちゃんは、俺の言う事なんか聞いてくれなんだから。仕方無いわ」と拗ねた声が返ってきた。怒っちゃいるがちゃんと仕事はやってくれる気らしい。俺は安心してハッチを開けるとエアバイクで船から飛び出した。

「ああ。キースちゃん惜しい。X方向に後三度傾けて」
 ビルが船から微衛星に張り付いて作業をしている俺に細かく指示を出してくれる。すでに六つのブースターの内、五つは取り付け済みだ。今セットしているこいつさえ氷にしっかり取り付ければ船に戻れる。後三度っと。よし。これでオッケーだ。

『危ねぇ! 逃げろっ!』

 ヘルメットの中に叫び声が響き渡る。何がとか誰だとか聞く前に、俺の身体は微衛星から吹っ飛ばされていた。
 磁気嵐が酷い。ヘルメットシールドの画面は砂嵐だ。ビルやジョンの声はノイズが酷くてほとんど聞き取れない。

 視界が戻らない。センサーもまったく働かない。俺は、俺の身体は何処に向かっているんだ?
 土星から離れる方向にブースターを取り付けていて、いきなり斜め右前方からの風に煽られた。
 酸素嵐か!? 冗談だろう。船外活動中にあんな暴風に巻き込まれたら、他の氷に叩き付けられて、硬質宇宙服なんかひとたまりもない。
 俺はこれまで掴まえて分解してきた星の仲間になっちまう。

『焦るなって。ちゃんと息が出来てるだろ?』

 ……。言われてみれば俺はまだ生きている。宇宙服のセンサー系が全部機能不全になってるだけだ。胸の非常用ビーコンは衝撃と俺の脳波に反応して自動発信され続けている。
 磁気嵐は酷いが、こんな事はガニメデで何度も有った。酸素噴射は常に土星外環の何処かで起こっているが、一旦主流から軌道がずれれば、影響は長く続かない。ビルやジョンがきっと俺を見付けてくれるだろう。……俺が土星に向けて落ちているんじゃ無かったらだが。

『弱音なんてお前らしくねぇぞ。そういう時は美味いモンを思い浮かべるんだ。無事に生きて帰って、ガニメデ基地で親友と乾杯する自分を想像しろよ。美味い飯は生きる原動力だぜ』

 今気付いた。お前は誰だ?

『お前が言ってた星……になんのかな? 自分でもよく判んねぇや。はっきり言ってお前は迷惑だから仲間になるな。あっちに行け』

 迷惑ってどういう意味だっての。
 しばらくしてビルの絶叫に近い声がヘルメットの中に聞こえてきた。
「キース、キース、生きてたら返事しろ。この薄情者! 一緒に大金持ちになって地球に帰る約束を破る気か!?」
 すっかり口調がマジモードになってやがる。通信回路は生きているのか。助かった。
「ビル。俺だ。こっちは磁気であちこちやられちまったらしい。俺の声が聞こえて姿も見えるか?」
 ……沈黙。おいおい大丈夫かよ。
「ああ、本当にキースちゃんなのね。良かった。船も急な酸素嵐の影響を受けたけど、致命的な損害は無いの。ジョンがあなたを見付けてくれたの。そのままの軌道じゃ危険よ。もう少しだけ待ってて。必ず助けに行くから」
 こっちの力まで抜ける様な声をだすなって。未だに宇宙服のセンサー系は死んだままだ。ビルの慌てた様子からして、密集リング帯に突入一歩手前って事らしい。氷にぶつかるのが先か、ビル達が俺を見失わずに回収してくれるのが先かだな。

 自称星の声はもう聞こえない。救援が来るまで楽しい事を考えよう。
 我ながらブースターのセットは完璧だ。しっかりアンカーを氷に埋め込んだから、嵐で外れたり壊れたりしていないはずだ。ブースターが嵐で吹っ飛んでたら俺はその瞬間にも星になっちまっていただろう。
 見付けたのが微衛星だったのも幸いした。小さな俺の身体だけが突風に流されただけだ。
 こうして待っていればビルとジョンが俺を回収してくれる。エアバイクを無くした損失も氷の売り上げで充分回収出来る。
 ガニメデ基地に戻ったら、ビルと一緒に祝杯を挙げよう。それも本物のアルコールでだ。地球を離れてから一度も合成以外は口にしていない。きっと凄く美味いだろう。

 少しだけ別の方向にGを感じる。……と思ったらいきなり身体が重たくなって背中が何かに叩き付けられた。おい、痛てぇな。
 何処からか小さく『お帰りなさい』という声が聞こえる。
 乱暴にヘルメットを脱がされて、半泣き状態のビルと目が合った。
「キース、この馬鹿!」
 放射線汚染の危険を顧みず、ビルが俺の首にしがみつく。
 ああ、そうか。帰って来られたんだ。
「ただいま。心配掛けて悪かった」
 ぽんぽんとビルの背中をゴツイグローブで叩く。ビルはしゃくりあげながら「無事だったからもう良い」と再び泣き出した。

 そうだった。俺達がどうして鉱山で貯めた金で地球に帰らずに船を買ったのか。何度も事故が起こって、目の前で沢山の同僚達を亡くしてきたからじゃないか。
 ビルと俺は悪運の塊で、過酷な環境を生き延びた大切な仲間だ。共同出費で船を買った時に、思いっきり儲けて地球凱旋をすると約束をした。
 ビルはひとしきり泣いてすっきりしたのか、顔を上げると俺の頭を一度叩いて、コックピットに戻って行った。
「さて、忙しくなるわよー」
 船外活動がメインの俺は、ブースター制御の腕じゃビルには敵わねぇ。俺は汚染された宇宙服を脱いで、隔離ポッドに放り込んだ。
 ハッチを開けようとして、さっきの声を思いだした。
「ジョン、さっきの声ってお前か?」
 モニター越しにジョンは笑う。
「マスター・キース。「お帰りなさい」ですか? 出掛けに約束しましたよ。帰りを待ってるって」
 俺は我慢が出来ずに苦笑する。
「ただいま。ジョン、お前にも心配掛けたな。流されている間、星の声ってやつを聞いた。救援が来るまで美味いモンを思い出せだってよ」
 ジョンは少しだけ震えて、そしてにっこり笑った。
「マスター・キースが無事に帰ってきてくれて僕も凄く嬉しいです」
 どうやら完全にすっとぼけるつもりらしい。通信機能は生きていて俺を見付けたのはジョンだ。そうならあの声の主はジョンのハズなんだけどな。
「俺も帰ってこれて嬉しい。さて、ビルを手伝ってくるか」
「マスター、その前に全身を洗浄してメディカルチェックを受けてください。宇宙放射線病は怖いですから。マスター・ビルが張り切ってます。微衛星はちゃんと回収出来ますよ」

 宇宙放射線病と聞いて俺は身震いする。とてもゆっくりと確実に死が待っているハンター泣かせの宇宙病だ。
 余程油断しない限り土星衛星圏であれに掛かるヤツはそうそう居ない。あの酸素噴射は太陽風の影響だったか? 俺は余程ヤバイ地帯まで流されてたらしい。今回も悪運で生き延びた。病気で死ぬのはごめんだ。
 俺はジョンの言うとおり全身洗浄をしてメディカルチェックを受けた。氷の密集地帯が幸いして被爆値はほとんど無い。
 数値を見たジョンがほっと息をつく。ジョンは中古船だ。前のマスターの記憶でも有るのかもしれない。
「ジョン、お前の前のマスターだが……」
 珍しくジョンが俺の言葉を遮った。
「僕のマスターはキースとビルだけですよ。たしかに僕はオンボロ中古船かもしれないけど、僕の過去はマスター・キースに関係有りません」
 きっぱりとした断言口調の否定。マスターに従順な補助AIとは思えない意志の強さだ。ジョンにとって前のマスターは余程大切な人だったんだろう。人格までコピーしてしまう程に。
 ビルがジョンのシステムをいじったから眠っていた意識が目覚めたんだ。
 俺はふっと息を吐いてモニターを見上げた。
「ジョン」
「はい。マスター・キース」
「お前と一緒に仕事が出来て俺は嬉しい。これからも宜しく頼む」
 過去の記憶だろうが何だろうが、命の恩人なんだから当然だ。自然に出た俺の言葉にジョンは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「僕もです。あなたとマスター・ビルは今の僕にとって一番大切な人達です」
 今のかよ。正直なヤツだな。俺が吹き出すとジョンは少しだけ拗ねた声を出した。
「マスター・キース、さっきからマスター・ビルが雄叫びを上げてますよ。嵐の影響で適性噴射角度が変わったんです。六つのブースター一つずつを微調整しながら噴射させないと駄目らしいです」

 て事は俺の苦労も水の泡になるって事か?
 ジョンの過去はどうでも良い。大事なのは俺達の今だ。俺は急いでコップピットに戻った。
「遅い!」とビルに怒られるが仕方がない。
 俺がヘッドセットを取り付けて、モニターに向かうと耳の奥で小さな声が聞こえた。

『そうそう。それで良いんだって。キース、無茶やってビルや……ジョンをもう泣かすなよ。二度目はねーぞ。じゃあな!』

 思わず手が止まる。チラリと横に座っているビルを見たが変わった様子は無い。俺にだけ自称星の声は聞こえたらしい。

 二度目は無いか。当たり前だっての。いくら俺の悪運が強いからって何度もこんなラッキーは有るはずない。
 俺は制御に手こずっているビルに声を掛けた。
「ビル、俺はどれを担当すれば良い?」
「バランスが狂うから今は手を出すな。でも助かる。モニターの数値を全部読みあげてくれ。キースが命懸けで設置したブースターだ。何とか軌道修正させてみせる」
 マジモードのビルが口の端だけで笑う。そっちの方が断然顔に似合ってて良いのに。
 そういやいつからビルは変なカマ言葉を使う様になったんだっけか? そんな事を考えていたらビルから頭を叩かれた。
「キースちゃん、疲れてるんでしょうけど今は寝ちゃ駄目! 時間が無いの!」
 全身鳥肌。一瞬で思考が吹き飛んだ。
 思いだした。俺が長い船外活動で集中力を無くし掛けたり、危険な目に遭いそうになるとビルはカマ言葉を使いだす。
 命に係わる事だから。
 ビル、この超お人好しめ。この微衛星を無事に掴まえられたら、酒と飯は俺のおごりだからな。

 俺は心の中だけで笑ってモニターに視線を戻すと、適正値と現在値を読み上げ始めた。


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