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F-07  ぷっぺ 〜星の妖精〜

 お集まりの皆さん、こんばんは!
 これからみんなにとっておきのお話をしようと思うんだ。だから決して聞き逃さないように、じっくり聞いてほしいな。今夜みたいにすっきり晴れて、真っ黒な空に宝石みたいな星がたくさん輝くこんな夜にぴったりな、そんなお話だよ。
 そうそう、お話といっても作り話じゃないからね。そこんとこ忘れちゃいけない。これは正真正銘、本当の話なんだから。
 ほうら、みんな聞きたくなってきただろう?
 ふふ、あわてないあわてない。今からゆっくり話すからね。
 さて、素敵なお話の始まり始まり……っと、いけないいけない、忘れるところだった。ボクの自己紹介がまだだったよね。
 こほん。あらためまして、っと。
 ボクはぷっぺ。星の妖精さ。

 その日は大切な夜だったんだ。何せ、僕が生まれてはじめて一番星の点灯を任された日だったんだから。
 おっとっと、突然こんな話をしたって、何のことかさっぱりだよね。順を追って説明しなくちゃ。
 ボクたち星の妖精の仕事はね、星に火を灯すことなんだ。
 この空いっぱいに輝く星たちひとつひとつがみんな、夜空に架けられた銀のランプに灯された炎なんだってこと、みんな知ってた?
 そのランプに種火を移して星を灯すのが、ボクたちの仕事。
 お日様が柔らかい土の寝床の中に入っていって、お月様がベッドから起き出してくると、ボクたち星の妖精は暗くなり始めた藍色の空を飛び回る。
 ほら、ボクの背中を見てごらん、透き通った羽根が生えているだろう? この羽根でボクたちは空を駆け回るんだ。
 ボクたちもね、結構忙しいもんなんだよ。
 空が真っ暗になった時に星がひとっつも見えなかったら、みんな寂しくなっちゃうでしょ? ただ寂しいだけじゃなくて、星を目印にしている船乗りさんなんかは、星がないと迷子になっちゃったりするかもしれないんだ。
 だから星を灯すボクたちの仕事はとてもとても大事なものなんだ。
 その日にどの星を灯すのかは、星の妖精たちの間で当番を作って決めてる。特に、星たちの中で一等大きくて、一等最初に灯すことになっている一番星を担当するのはボクたちにとって晴れ舞台で、一人前として認められた証拠でもあるんだ。
 一番星の点灯を次の夜に控えて、ボクは緊張で眠れなかった。
 だって、小さな頃からずっと憧れていたんだよ? もう胸が太鼓みたいにドクンドクンと飛び跳ねて、内側から張り裂けちゃうんじゃないかってくらいだった。
 でも、大事な大事な晴れ舞台の日に起きられなくなっちゃったりしたら大変だ。ボクは一生懸命、ベッドの中で寝なくちゃ、寝なくちゃ、って思いながら目をつぶってたんだ。どこかにいるっていう、眠気を誘う小人にお祈りまでしちゃったりしてね。
 それが効いてきたのか、ボクはだんだんと眠くなっていったみたいだった。
 と・こ・ろ・が!
 ところがだよ、大変なことになっちゃったんだ。どうなったかっていうとだね、えっと……。
 寝坊しちゃったんだ。ボク、寝坊しちゃったんだよ!
 大事な大事な一番星を灯す日だってのに、あんなにも憧れていた日だってのに!
 ボクが目を覚ましたときには、すでにお日様はすっかり土のベッドの中に沈んで、夕焼けの朱はとっくに蒼の中に溶けちゃってた。
 もう瞬きするほどの時間で全ての色は黒に飲み込まれていく時間だってのに、ボクはようやく寝癖だらけの顔でベッドから身体を起こしたところだったんだ。その時のボクの驚きようといったら!
 もちろんボクはあわてて飛び起きた。掛けていた毛布を跳ね飛ばして上半身を起こしただけじゃなくて、そのまんま羽根をぶるぶると震わせて文字通り飛び起きたんだ。
 顔を洗うとか、服を着替えるとか、そんな暇は少しもなくって、もう本当にそのまんまで部屋から飛び出したんだよ。
 空は、真っ黒だった。
 間の悪いことに、その日は澄んだ美貌の月の女王さまが、三十日に一度だけその姿を隠す日――つまり、新月だったんだ。新月の夜の色ってのは本当に、黒の中の黒。色を全部混ぜ合わせたみたいな、深い深い黒なんだ。
 だからそんな日は、かすかな星の灯火だけが頼りになるんだけど……ボクが寝坊しちゃったせいで、地上の人たちはみんな、便りがなくてとっても困ってしまっていたんだ。
 星の種火を保管してる月の小屋の中に、ボクは大慌てで飛び込んだ。
 星の種火は、月の小屋の真ん中の銀の燭台に立てられた七つのろうそく。
 それぞれ違う色の炎がゆらゆらと絶えることなく並んでいて、じっと見つめているだけでも胸の奥の方がぼわっと暖かくなるような気がするんだ。ボクは星の種火が大好きで、いつもだったら星を灯しに行く前に月の小屋でゆっくり眺めていったりするんだけど、もちろんその時はそんな暇なんてない。一等明るい一番星の色、青色の種火をランプに移して、急いで小屋から飛んでいったんだ。
 ボクは羽根が痛くなるくらい力を込めて全力で、一番星のランプの元に飛んだ。それでも星の種火が消えちゃったら大変だから、それを懐に入れて体全体で抱えるみたいにして風から守りながら飛ぶ。
 いつもかかる時間の半分くらいで超特急でたどり着いて、ボクは息を切らせながら青い種火を懐から取り出した。真っ暗な空に、小さな青い光が灯る。
 火を消さないように気をつけながら、ボクはゆっくりと、種火を一番星のランプに移したんだ。小さな青い種火は、星のランプの先に触れると、ちりり、と小さな音を立てて燃え移った。たちまち青い炎は大きくなって、青白い、力強い輝きが闇の空を照らし出したんだ。それはもう、本当に綺麗な、はっとするような光景だったんだよ。
 ボクが灯した一番星を合図に、他の妖精たちも次々に自分の担当の星に火を灯していった。赤く輝くベテルギウスや、黄色っぽいプロキオン。真っ白なリゲルに、橙色のポルックス。大空に様々な色の星たちがひとつ、またひとつと灯りはじめて地上を優しく照らしていくんだ。
 ねえ、みんな。空を見上げたら思い出して欲しいんだ。じっと見ていると少しずつ増えていく星の灯火。あれは空のあちこちで、ボクたち星の妖精が忙しく飛び回って、星の種火を、空のランプに移しているところなんだって。時々、まばたきをするみたいに星が瞬くことがあるでしょ? あれはランプに灯された火がふわっと優しく、揺らめいたところなんだ。
 え? ボクが灯した一番星はどの星か、って?
 空を見上げてごらん。冬の夜空にひときわ大きく輝く青白い星があるだろう?
 あれがボクが灯した一番星、シリウス。それを見つけるたびに、ボクのことをほんのちょっとだけ思い出してもらえたら、ボクはとってもうれしいなぁ。


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