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F-11  ぼくと彼女

 幼なじみのいーちゃんは、とってもとっても『ジヒブカイ』。
 どんなものにも「かわいそう」って言っちゃうんだ。
 これだけ聞いてると、ただのやさしい女の子みたいだけど、彼女は一味違う。
 「かわいそう」て思うのが、お腹を空かせた野良猫や、巣から落ちたヒナだけじゃないんだ。
 うーん、そうだな……。
 あ、この前のことを話そうかな?
 道端に転がってた石ころを「かわいそう」って言った時のことを。
  


 学校帰り。
 ぼく山吹雅也と、いーちゃんこと「星野いおり」はいつもの通学路を歩いていた。
 風がびゅーびゅー吹いてて、木が悲鳴をあげてたのをよく覚えている。
 手袋もマフラーもしてるのに、体は全然あったかくない。
 ランドセルを背負ってるおかげか、背中だけがほんの少しあったかかった。

「ね、やっくん」
「ん?」
 呼ばれて、ぼくは三歩後ろをあるいてた彼女を見た。
 ……目がうるんでる。
 その瞬間ぼくは分かってしまった。
 次にいーちゃんが言うセリフが。

「あのね、石さんがかわいそうなの」

 ほら来た。
 予想通りの答えにぼくはちょっと、探偵気分。
 きっとぼくはシャーロックホームズに負けないくらいの探偵になれる。
 なーんて、ちょっと思ったりした。 
「どこがカワイソウなの?」
 いつもと同じ。
 ぼくは彼女に聞きかえす。
 涙が流れないうちに、ぼくはこの事件を解決しなきゃいけない。
 使命感ってやつがぼくの中で生まれてくる。
「とっても寒そう。それに、踏まれたらかわいそうだよ」
 彼女は足元に転がっていた石を一つ、すくうように手の中にいれる。
 そして、キョロキョロと周りを見回して、他の石も拾おうとした。
 また始まったって思いながらも、ぼくは慌てていーちゃんを止めた。
 だってこのままじゃ、世界中の石ころを拾いそうだったから。 
「あ、えーっと、その……安心していーちゃん! 石ころはきっと、この場所が好きなんだよ!」
「ここが、好き……?」
 彼女は首をかしげて、ぼくをじっと見つめる。
 雲一つない空みたいにキレイだったから、ぼくの心臓がはね上がる。
「うん。ほ、ほら、地面にいれば色んな風景が楽しめるじゃん。四季オリオリ……って言うんだっけ? それを味わってるんだよ!」
 苦しい。
 ものすごく苦しい言い訳だ。
 何だか変な汗まで出てきたし。
 いーちゃんは、ぼくの言葉を聞いて考え込んでる。
 正解と認めてくれる瞬間まで、ぼくの心臓はドキドキしっぱなしだ。
 探偵がみんなの前で犯人の名前を言う時も、きっとこんな感じなんだろうな。
 一秒が一分にも、一時間にも思えてくる。
「じゃあ、石さんは幸せなんだね!」
 彼女が満面の笑みをうかべる。
 良かった、とうれしそうな声を上げる。
 手にしていた石は、そっと地面に置かれた。
「うん、きっと幸せだよ」
 ぼくはホッと胸をなでおろして言った。

 *

 そんな石ころ事件のあった、次の次の日。
 ジュクの帰り道だった。
 家まではあと少しの距離。
 ぼくと彼女は、やっぱりいつもと同じような話をして歩いていた。
 今日の宿題のこと、委員会の話、クラブのこと。
 いーちゃんとは長いこと一緒にいるせいか、話しててすごく楽しい。
 何でもないことを話してても、不思議とぼくの心はあったかくなっていく。
 外にはストーブもエアコンもないのにね。
 
「やっくん、今日のお星さまはいつもよりキラキラしてるね!」
 ふっと夜空を見上げた時、彼女が言った。
 ぼくもつられて夜空を見上げる。
「あ、本当だ。月がやせてるからかな?」
 いーちゃんの言うとおり。
 お空にかがやくお星さまは、いつもよりキレイな感じがした。
 確か理科の先生が言ってたな。
 月が細い時ほど星はキレイなんだって。
 雲一つない空に座っている星々を、ぼくは線でつなごうとする。
 とりあえずは、オリオン座から――。

「……お星さま、かわいそうだね」

 ぼくは思わずギクッとした。
 家まであと五十メートルくらいの距離で、これだ。
 今ここでいーちゃんが泣いたら、ぼくは確実にお母さんに怒られる。
 そして、近所中でウワサされるんだ。
 いーちゃんを泣かせた悪い男の子だって。
「どうしてカワイソウなの?」
 ぼくは空から視線をうつす。
 いーちゃんも、こっちを見る。
 やっぱり、目には涙がたまっていた。
「だって、お空の上はすっごく寒いんでしょう? 今日ね、先生が教えてくれたの」
「えーっと……そうだったかな?」
 ぼくは困ってほっぺたをかく。
 うん、そうなんだよね。
 またまた、いーちゃんの言うとおり。
 理科の大井先生は確かにそう話してたんだよね。
「だから、かわいそうなの」
 しゅんと下を向いてしまった彼女に、ぼくは慌てて声をかける。
「そんなことないと思うよ!」
「……どうして?」
 彼女の目はまるで星みたいにかがやいている。
 涙はもう、すぐそこまでこぼれかけていた。
「ほら、星は燃えてるって習わなかった? だからきっと、あったかいよ!」
「でも、お空の上は凍っちゃうくらい寒いんだって! きよくんも言ってたよ」
 どうやら今日は、そう簡単にはいかないらしい。
 きよの奴、覚えとけよ。
 ぼくは心の中で、文句を言ってやった。

「あの、さ。いーちゃんはお星様好き?」

 こうなったら奥の手だ。
 とっておきの必殺技を使うしかない。
「え、うん」
 とまどいならも、彼女はこくんとうなずく。
 ぼくはちょっとだけ安心して、先を続けることにする。
「じゃあお星様は幸せだよ」
「どうして?」
 いーちゃんはやっぱり首をかしげる。
 ここまでは計算どおり。
 ぼくは得意げに左手を腰に当てて、右手の人差し指を立てる。
 探偵っていうよりは、先生みたいな感じで。
「だって、誰かに好きって思ってもらえるんだもん。それはすっごく幸せなことだと思うんだ」
 決まった。
 かっこよく決まった。
 ……気がする。
 ぱちぱちっと、いーちゃんは瞬きをする。
 これで納得してもらえなかったら、もう打つ手はない。
 もし。
 もしも泣かれちゃったら、急いでいーちゃんの手を引いて帰ろう。
 ぼくは変な決心をかためる。

「――そっか。そう、だね。そうだよね!」

 うんうん、と彼女は何度もうなずく。
 どうやら奥の手は成功したみたいだった。
 ぼくは心の中でガッツポーズをかっこよく決めてみせる。
 よくやったぞ、ぼく!
「やっくん」
 嬉しそうに笑ってるいーちゃんが、ぼくを呼ぶ。 
「なに?」
 彼女の目にはもう、涙はない。
 心からの笑顔が見られて、ぼくは心底うれしいと思った。

「わたしは、やっくんのことが大好きだよ!」

「!」
 突然のできごとに、ぼくは声が出なかった。
 おどろきで口はパクパク。
 心臓はバクバク。
 顔は沸騰しちゃったみたいに熱くなる。
 良く分かんないけど、自分が自分じゃないみたいになった。
「幸せになってくれた?」
 いーちゃんは無邪気に聞いてくる。
 首を少しだけかしげて、満面の笑みで。
「う、うん」
 勢いでぼくはうなずく。
 幸せっていうよりは、あせったっていうか――。
「良かった!」
 お空の星よりもキラキラとした笑顔が降りそそぐ。
 ぼくの心臓はもう、ドキドキとかバクバクを通りこして今にもハレツしちゃいそうだった。
 
「どうしたの? 早く帰ろう」
 上機嫌な彼女は、ぼくの三歩前をあるく。
 こくん、と一つうなずいて、ぼくは彼女の後をついていくのだった。


 ねぇお星さま。
 今の話、みんなにしゃべらないでね。
 変なウワサが立ったら、ものすごく困るからさ。

 ああでも……、これだけはいいかな?
 『ぼくと彼女は両思い』だってことは、ね。


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