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G-07  峠の我が家

 宇宙船の内部にアールが降り立つと、そこには静寂と闇とが広がっていた。
 第十五期惑星間移民船A23「あかね」号。目的地へと人を乗せ、その役目を終えた後、永遠の眠りについた船。だがその眠りも二百年後に、アールと彼を乗せた小型艇によって妨げられることとなってしまった。

 まずブリッジに入ると動力源の確保をし、非常時用の経路を起動させる。即座にコンピュータに指示を与え、船内に灯りを点す。
 空気も無く音も無いこの船に、柔らかく光りだけが満ちてゆく。主要な廊下が照らされ、各部屋の非常灯が点いた事をパネルモニタで確認すると、彼はブリッジを後にした。

 アールは文化庁遺跡保存課の移民船チームに配備されている。チームのおもな仕事は、惑星間の移民が終了し廃棄となった宇宙船を小型艇で廻っていくこと。歴史的に価値があり、保存すべきものがその船にあるかを調査してゆくのだ。
 移民計画の終了から二百年。人は惑星開拓という試練に対し一定の成果を得、ようやく過去の歴史を振り返るところまで来た。第十五期惑星間移民船A23「あかね」号は、移民計画最後の船だ。この背景だけでも、この船の持つ歴史的価値は高いと言えるだろう。

 宇宙服のヘルメットに内蔵されたモニタに船内図を映し、それを頼りに展望デッキに辿り着く。
 デッキの前面は巨大な可視パネルになっており、外の風景、つまりは宇宙を肉眼で見ることが出来るようになっていた。いつの時代でも、人間は目の前に広がる空間を、モニタ越しではなく自分の目で見ることを求める。この場所からだとちょうど正面に、移民船の最終目的地である惑星、通称『ホーム』が浮かんでいた。
 だがアールは目の前の惑星に気を取られること無く淡々と辺りを見回すと、デッキ内の配置を同時代同型の宇宙船モデルと比較してみる。
 壁際に各種ブースが設けられている。インフォメーションコーナーに、軽食や飲み物が売られている店。どの船にもあるものだ。だが右側の奥、さらに別の部屋へと続く扉を二つ発見し、動きが止まった。

 一つは分かる。宇宙に関する記録や、これから行こうとする目的地についての資料が網羅されている視聴覚室。ここまでは基本の造りだ。だが、そのさらに向こう側にある扉は、初めて見るものだった。すかさず船内図を確認すると、「多目的ホール」となっている。
 確認が必要と判断をすると、アールは躊躇い無く「多目的ホール」へと向かい、照明を点けて扉を開けた。

 ホールの内部は広い円形で、劇場のように備え付けの座席で埋まっていた。その数、ざっと見で二百席程だろうか。ただ劇場や映画館と違い、座席の正面には舞台が無く、白い壁で終わっている。壁は上に向かって丸くカーブを描き、そのままドーム型天井となっていた。そしてホールの真ん中、まるで砲火機のような物体が存在を主張するように、設置されている。
 砲火機本体の前後には球体が付いていて、それには幾つものレンズがはめられていた。そして先端に、何枚もの板の仕切り。構造から、全天周型の投影機であると推測された。
 ホール内の形状、設置されている投影機。どれもアールが初めて目にするものであり、彼のデータには載っていないものだ。
 さらに多くの情報を得ようと、投影機のすぐ後ろに置かれた簡易ブースをのぞき込む。幾つもの機材が備え付けてあることから、ここで投影機を操作をするのだろう。そこまで理解したところで、彼は思案した。

 船外活動は基本的に二人一組で行う。アールのパートナーはエルだ。だが彼はまだこの場所まで到着出来ていなかった。
 アールと違い、エルの準備には時間が掛かる。宇宙服内の気圧に体を慣らすための時間が必要だからだ。そしてエルの準備が整うまでの間、アールには特別に単独で行う仕事が与えられていた。それがこの事前の下見だ。
 特別な用途を持っている「多目的ホール」を発見した時点で、下見は終了したと考えるべきだろう。そう判断する一方、その特別な用途とは何かを予測できるくらい、情報を集めておきたいという欲求も沸いている。
 単独とはいえアールの行動記録は全て、小型艇に送信されている。今のところ、これ以上の行動を禁止する命令は小型艇からは届いていない。エルが準備を終え、ここまで辿り着くであろう時間と、この投影機を実際に操作し確認してみる時間。問題は、そのどちらが早いかというところだ。
 そこまで状況を整理すると、アールの決断は早かった。
 操作卓の端にあるスイッチに手を伸ばし、起動するか確かめてみる。緑のランプが次々と操作卓を照らし、投影機から光が洩れた。ホールの照明が少しずつ絞られて、まるで夕暮れが訪れたかのようになってゆく。投影機を通った光はドーム型の天井に映し出され、ホールが暗くなるにつれて、輝く星々へと変化していった。

 時間を掛けて、ドームに星が浮かんでゆく。人工的に造られてゆく空間。それに戸惑い、アールが所在無く辺りを見回す。壁にはそれぞれ「東」「西」「南」「北」の印が付けられており、星の位置が確認できるようになっていた。だが、アールたちが活動しているこの宙域の星図とはかけ離れている。
 どの場所か推測するための、手掛かりが欲しい。そんな考えで星々を眺めていると、正面の「南」と左手「東」の中間地点に、ふいに矢印が現れた。矢印は注意を促すように数度点滅をすると、ゆっくりと壁の中程まで上ってゆき、明るく輝く一つの星の横で止まる。
 アールがそのまま見ていると、矢印は今度は左上に移動をし、同じように輝く星を指し示した。そしてさらに右方向へと上り、三つ目の星を見つけ出す。まるで何かを説明しているようだ。
 ここに至って、初めてアールは一つの可能性に気が付いた。素早く操作卓を見つめると、イコライザーの表示が波打っている。音声が出力されている証拠だ。
 宇宙服に備え付けてある音声端子と操作卓とをコードで繋ぐ。すぐに不鮮明ながらも、ナレーションが聞えてきた。
『……この三つの星、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスをたどって出来る三角形を、冬の大三角形と言います。大三角形は秋を抜かした春、夏、冬の三つの季節それぞれにありますが……』
 シリウス、プロキオン、ベテルギウス。
 星の名前に、自分のデータをすり合わせる。そこから導き出される場所に思い至ったとき、ナレーション以外の声がアールのヘルメットに響いた。
「これは地球の星座データだよ、アール。プラネタリウムというんだ」
 ふっと肩に重みを感じ、隣に来た人物が手を乗せた事を知った。
「北半球から見える夜空だね。季節は冬だ。この季節に見える星には、明るい星が多いんだよ。オリオン座なんて、二つも1等星がある。そしてほら、ベテルギウスの斜め右下、三つの星が並んでいるだろう?あれが狩人オリオンの腰帯なんだ。この三ツ星の下、さらに小さい三ツ星が縦に並んでいる。あの小三ツ星の真ん中、雲のようにもやっているのがオリオン大星雲だ。僕たちが今いる、この場所だよ」
 そう解説する彼の顔を、ヘルメット越しにアールが見つめる。星の瞬き以外に光の無いこの空間だったが、アールの目には微笑みながら星を見上げる彼の表情が、はっきりと見えた。
「エル」
 饒舌に語るパートナーとは対照的に、アールの言葉は短い。簡潔に自分の意見を伝えようと、口を開く。
「私には、この施設の意義が理解出来ません」
「理解出来ない?なぜ?」
 片眉を上げ、エルが面白そうに聞き返す。その質問にどう答えたら良いのか分からず、アールはしばし黙り込んだ。エルとの会話は、よくこうしてアールに考え込ませる機会を作る。
「あなたはこれを、地球から見える夜空だと言いました。しかしこの船は、移民船です。地球から離れてゆく人たちにとって、地球を基準にしたデータが役に立つとは思えません」
 アールは言葉を切って、エルの反応を伺った。だがエルは無言のまま、先を促すようにうなずくだけだ。まだ自分の話す番ではないと言いたいのだろう。
 そんな彼を見て、アールはもう一つの疑問も付け加えることにした。
「エル、私はあなたにも、この施設と同様の不可解さを感じています。あなたは移民第一世代の人間ではない。地球で生まれ育ったわけでもないのに、なぜ地球から見える星空を知っているのです?」
「知りたいと思ったからだよ。それはそんなに不可解なことかい?」
「はい。私にとっては。もはや地球という惑星が消滅した今、この船やあなた方人間が太陽系の地球に戻ることは出来ません。それが分かっておきながら、なぜ古い情報を残そうとするのか。それが私には理解できないのです」
 問いたいことはこれで終わりだ。アールは黙り込むと、エルが話すのを待つことにした。その間もプラネタリウムは運行を続け、冬の大三角形はオリオンを先頭にして、西の方向に少しずつ移動していく。
 ふっというため息が、エルの口から洩れた。
「君達ロボットには無い感情なんだろうね」
 微動だにしないアールとは対照的に、エルは力を抜くようにブースにもたれかかった。
「どんなに遠くはなれていても、今はもう辿り着けない道であっても、決して忘れることができない大切な場所が、人にはあるんだ。そこから見える風景を、いつまでも残しておきたい。僕達はこの場所から出発したのだということを覚えておきたい。そう思う気持が、人間には備わっている」
 答えるエルの表情は穏やかだ。だが彼の話には、未だに人々の記憶から消えない地球の歴史が隠されていた。
 地球の滅亡。
 壊れるはずの無い惑星が、そこに住む人々の手により壊されてしまった。
 移民の計画はまだ十五期を迎えたばかりの段階で、無理やり完結してしまったのだ。帰る場所を無くした移民たちは、新しい星での開拓に没頭するしかなかった。
「だから人間は宇宙船にプラネタリウムを造り、これから生活しようとする場所にも持っていこうとしたのですか?」
 まだ良く理解できずに、アールが質問をする。エルはあらためてゆっくりとこのホール一面に浮かぶ星々を見回すと、そんな彼に向き直った。
「どうなんだろうね。この船になぜプラネタリウムが作られたのか、僕はその経緯を知らない。すでに移住した人たちに、持ってくるように頼まれたのかもしれない。ただの気まぐれで造った可能性もあるよ」
 あやふやなままの答えだ。だが彼の性格や今の口調から考えると、これ以上の説明は期待できそうにない。そう判断をすると、アールはこのホールから出るために宇宙服に繋いでいた音声コードを外そうとした。船外活動の時間は限られている。施設の目的が分かったのだ。他に調査すべき場所へ行かなくてはならない。
 だがコードに手をかけた途端、それを押し留めるかのようにエルの手が重なった。
「せっかくだ。もう少しで終わりのようだし、最後までプラネタリウムを観てみよう」
「エル、」
「大丈夫だよ。いいだろう?船長」
 咎める口調のアールを制し、エルが小型艇に了解を求める。予想に反して、あっさりと許可は下りた。
 プラネタリウムを見ることがそれほどまでに貴重なことなのか、アールには分からない。無言のまま、エルの隣で彼に倣ってドームに映し出された夜空を見上げる。気が付けばオリオンはずいぶんと右に行ってしまい、東の空が白んでいた。
『……そろそろ夜明けが近付いてきました。東の空の下の方、明けの明星、金星が輝いています』
 金星。地球と同じく太陽系の惑星。この星を地上で見ることも、もはや叶わない。
 口には出さずにいたはずなのに、そんなアールの思考に応えるように、ぽつりとエルが呟いた。
「規格外のプラネタリウムを載せた船が、結果として最後の移民船となった。それは人間にとって、幸運な偶然だったと思うんだ」
 そして二百年という時を経て、移民者達の子孫であるエルとロボットのアールは、地球から見えたであろう星々を宇宙船の中で眺めている。

『夜が明け、朝になりました。本日のプログラムはこれで終了です……』
 アナウンスと共に、照明が点された。
 アールは今度こそ音声コードを外すと、丁寧に片付ける。その最中、ふと新たな疑問が沸いて、エルに話しかけた。
「この船は、どうなるのでしょう」
 移民船チームに配備はされているが、ロボットのアールに船の今後に関しての決定権は無い。エルたち人間がどんな決定を下すのか、確認が必要だ。エルはうんと伸びをすると、今度ははっきりと答えてくれた。
「歴史的価値は高いからね。このまま捨て置きはしないよ。とりあえず宇宙ステーションまで運んで、技術的に可能なら、船ごと地上に降ろすかな」
「『ホーム』に持って行くのですか」
 開拓地である惑星、エルやアールたちの住んでいる星の通称を口にする。その途端、なぜかエルの体がぴくりと反応した。
「エル?」
「……そうだね。ホームへ、持って帰ろう」
 そう言うと、くすりと笑う。
「新しく移住した惑星を『ホーム』と呼んだ、第一世代の人々の気持を僕は今まで考えもしなかったよ」
 エルは軽く弾みをつけて踏み出すと、無重力の中、扉に向かった。そしてそのままホールを抜け、展望デッキの可視パネルへと真っ直ぐに進んでいく。彼の意図が分からないアールは、ただ付いてゆくだけだ。エルはパネルの正面に漂うと、くるりと後ろを振り返り、アールに微笑みかけた。
「僕達はこの船を連れて今の家へ、峠の我が家に帰るんだ」
 エルの背後、正面に浮かぶのは今はもう人間たちの、そしてロボット達の故郷である惑星。
 しばらくアールはその光景を見つめ、エルの言葉を繰り返してみた。
 
 ホームへ、峠の我が家に帰るんだ。
 
 それは彼の思考回路にもやさしく染み込み、心地よい響きとなって留まり続けた。
「そうですね。帰りましょうか」
 同意するその表情が自然にほぐれ、口元にエルと同じような笑みが浮かぶ。
 先ほどまでは疑問でしかなかった、人間が場所にこだわるその思い。今は少しだけ、アールにも理解出来た気がした。


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