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G-10  星色謎解き

 放課後、帰り支度をするために机の中のものを引っ張り出す、京(みやこ)の教科書の層の上には1枚の紙。
 そう、それが今回のお話のはじまり。





「祐ちゃん、これ、なんだと思う?」
 京の幼馴染である祐介(ゆうすけ)は、声をかけられるとおっくうそうに密集する活字から視線を外した。本が好きな彼は、小学生6年生にしては難しい本を好んで読む傾向がある。わざわざ隣のクラスからやってきた幼馴染だが、読書という楽しみと天秤にかけるとその比重は明らかだった。
「何? 俺、集中してるんだけど」
「ごめんごめん、ちょっとこれ見てもらってもいい?」
「……なんだコレ」
 手渡されたA4サイズの紙を見ると、そこにはでかでかと星のマークがついていた。黒いマーカーで書かれた、フリーハンドながら丁寧な図形だ。そしてその下には、「さがしてごらん」と、新聞の見出しを切り抜いた文字で書かれていた。まるで一昔前の脅迫状だ。
「私の机に入ってたの。帰るときに気がついたんだけど、それって一体何かな?」
「誰かのイタズラじゃないか?」
「だ〜か〜ら〜、それが誰かとか、何のために入れたのかを知りたいんだってば!」
 イタズラの一言で片付けようとする祐介を、京が引きとめようとする。ふと視線を合わせてやると、その表情に不安がちらりと見えた。確かに、気持ちが良いわけがないだろう。ただの紙であっても、これは明らかに誰かの意図が含まれているシロモノなのだから。

 少し京をないがしろにしすぎたと思い、祐介は黙って紙を受け取ってしばらく考え込んだ。そして口をついて出たのは、自分でも意外な言葉だった。
「あれかな、広場のタイルに描いてあるあの星のこと、とか?」
「広場?」
「そこに行ってみろってことか」
「でも危ないかも……」
「行かなかったせいで何かあるってこともあるだろ。俺もついて行くし、いざとなったらコレがある」
 そう言って祐介がちらつかせたのは、本来なら禁止のはずの携帯電話。
「ゆ、祐ちゃんそんなの持ってたの?」
「ま、一種の興味でだけど」
「祐ちゃんパソコンとか好きだもんね」
「まあな。あと、ついでに言えばその紙を書いた奴はパソコンが苦手なのかもな」
 わざわざ手書きでやるなんて気が知れない、とぶつぶつ言いながら、祐介は帰り支度を始めた。それを見て、慌てて京も荷物を取りに自教室へ戻る。その後ろ姿を目の端に捉えながら、そういえば京と話をしたのは何日ぶりだろう、と考えていた。





 祐介と京は家が近い。厳密に言うと「お隣のお隣のお隣」だ。母親同士も年齢が近かったことから意気投合し、小さい頃は親ぐるみでよく一緒に行動したものだ。それが、最近はクラスが違い、何より2人が「男の子」と「女の子」であったことから少し疎遠になり始めていた。まあ、祐介が本の虫なのも一因ではあるが。
 
「とりあえず来てはみたけど、どうしたらいいんだろう?」
「来ていきなり途方に暮れるなよ、もう少し周辺を探してみるぞ」
 学校の敷地の西に位置する、その名も“おほしさまひろば”は、低学年の校舎と体育館に挟まれたちょっとした遊び場だった。低学年の教室から運動場までが遠いため、1年生なんかがよく休み時間に走り回っている。今日も、広場にはちらほら子どもがいた。隅にあるうさぎ小屋では、当番の子達が餌を与えているようだ。
 タイルに大きく描かれた五芒星の上をキャッキャと走る子達を見ながら、祐介はため息をついた。
「寒いのにご苦労なこった」
「あはは、でもなかなか私たちもだよね」
「そだな」
 さすがに1月ともなると本当に寒い。そして日が落ちるのも早い。誰かの接触があるなら明るいうちのほうがまだ状況的に有利だ。
「でも誰も怪しい人はいないみたいだね」
「意外とお前に告白でもするつもりで、俺が邪魔なのかも」
「ええ? まっさかー」
「……まてよ、あり得るな、コレは」
「ちょ、ちょっと待ってよ祐ちゃん……」
「あくまで可能性の1つだよ。じゃあ俺は……、あっちの隅のほうにでもいるよ」
 もう、と頬を上気させる京を残して祐介は体育館の脇の方へ回る。だが、彼の“潜伏時間”は1分にも満たなかった。なぜなら。

「みやこ、京っ!」
「なっ、何?」
「あった、『次のヒント』だ」
 そう言ってニヤリと笑う彼の手には、先ほどと同じA4サイズの紙がはためいていた。





「どうやら“犯人”は、俺たちに謎解きをさせたいらしいな」
 次の紙には、やはり新聞の切り抜きでたった4文字『グロナア』と記されていた。
「なにこれ」
「グロナアグロナア……」
「呪文?」
「馬鹿言え、ちゃんと考えろよ」
 はーい、と返事をする京だが、やはり真面目に考える気はなさそうだった。確かに彼女は、元々こういうパズルのようなものは苦手である。反対に、当事者でもない祐介が熱中し始めているというのも事実だった。
「ああ、なるほど。対義語ってことか」
「え? 分かったの?」
「グロナアを逆から読むと『アナログ』、つまり『アナログの反対』ってことで『デジタル』だ。
 一番校内で『デジタル』に相応しい場所といえば……」
「ぱそこん室とか?」
「なんでカタコト……」
「だ、だってあんまり使わないし……」
「まあいいや。俺もそこだと思う。さあ、とっとと行くか」
 2人は、だいぶ朱を増してきた空を残して校舎へと飛び込んだ。





 次のヒントは、まさにパソコンの『中』にあった。
「ねえ、犯人はパソコンが苦手なんじゃなかったの?」
「……うるさい」
 祐介は、もう軽々しく探偵気取りなどすまい、と思った。おまけにパソコンを起動させることに気がついたのも京だ。もっと早く気がついていれば室内にいる他の生徒に怪しまれることなどなかったのに。机や床を調べるという手に走った自分こそアナログなのだろうか、と祐介はごちた。

 さて、肝心の次へのヒントは、祐介が学校で配布されたアドレス宛てのメールに添付してあった。学校所有のサーバーを使用しているのでアットマーク以下は全員共通、しかもそれより前も個人の名前を規則性に基づいてアナグラムにしたアドレスなので意外と簡単に個人のアドレスは特定できる。ちなみにフリーメールを利用して出されているようだった。
「クロスワードパズル、か」
「クリアしたら次のヒントが貰えるってこと?」
「そうだ。よし、名誉挽回といくか」
「頑張れー」
 京、棒読み。
「だからなんでお前がそんなやる気ないんだ」
「いえいえー、頑張ってください祐介さん」
 おそらく頭脳系は全て祐介に任せる気満々なのだろう。
「喋り方変だし」
「気にしなぁい気にしなぁい」
 ゲーム自体は意外に簡単で、すぐに次の場所がわかった。が。なんでクロスワードパズルをわざわざ添付する必要があったのだろうか。だんだんこんがらがってきたが、全ては犯人を導き出せば分かることだと、割り切って進むことにした。





『フンスイ』
 校舎脇にある噴水へと来たころには、だいぶ空が暗くなってきていた。そろそろ急がないといけないだろう。
「暗くて見えない……」
「こういう時こそ携帯電話が役に立つ」
 そう言って携帯付属のライトで周囲を照らす。噴水は冬の間はとまっているため、留まって濁った水は、時折吹く風に水面を揺らすのみである。そしてそこにゴミと見まがいそうなほどくちゃくちゃになった例の紙が浮いていた。今度は少し小さめだ。それを見つけた京が、やたら張り切りだした。頭を使うのは苦手だが、体を動かすのは得意なのである。
「よし、私が取る……うわわわわっ」
「ちょっ……大丈夫か!」
 ライトが当たりきらなかったところに石があったらしく、京が転んで水に突っ込みそうになった。それを、祐介が間一髪で食い止める。
「ご、ごめん」
「大丈夫か?」
「……うん」
「まったく京は肝心なところでドジやらかすから……」
「……祐ちゃん、あのー、もう大丈夫だよ、だから、ね?」
 何故か口ごもる京に、祐介ははっと我にかえる。とっさのことだったので、京を後ろから抱きかかえていたのだ。これには、祐介も思わず顔が真っ赤になった。小さい頃はよく手なんか握ったものだが、京に触れるのはおそらく“年単位”ぶりだろう。
「わ、悪ぃ」
「……い、いいよ。ほら紙も取れたし。いったん校舎入ろうか」

 暗くて助かった。いや、暗かったのが悪いのか。なんにせよ祐介は、少しの間きまりの悪さを暗闇に隠してもらうことにした。





 次に指定されたのは理科室、だった。
「うひゃー、だいぶ日が落ちちゃって暗いね」
「電気つけりゃいいんだよ、電気」
 人工の明かりによって照らしだされたのは、ごくいつもどおりの理科室だった。
「どこにあるのかな」
「さあな。探すしかないだろう」
 そしてふと、祐介の興味の“対象物”が目に入る。
「天球儀か、あったんだなこの教室に」
 天球儀とは、球体の側面に惑星、星座などを記入した道具である。祐介は天体にもかなり興味があって、家には小さい星座投影機もある。ミニプラネタリウム、というやつだ。
(プラネタリウム、か)
 そういえば、最近観に行ってないな、と思う。少し電車に乗って街の方へ出ると博物館付属のプラネタリウムがある。昔はよく、親に連れられて京と行ったものだ。

 そしてヒントは正にここにあった。天球儀の枠に挟まっていた紙に記されていたのは、この文章。
『うさぎさんきをつけて。いぬが2ひきこっちをみてる。ひとが3にんこっちをみてる。おなかをすかせてこっちをみてる。ひとりがいった。あ〜、おなかすいた』
 これまでで一番しっかりした問題だと祐介は思った。
「うさぎさん? なんのこと?」
「多分、この天球儀だ」
 冬の星座のあたりを見ると、『うさぎ座』という文字が目に入った。
「おそらくこの一角のことを指すんだろうな。うさぎ座から時計回りにおおいぬ座、こいぬ座。これが『2ひきのいぬ』だ。そしてふたご座、オリオン座。これが『ひとが3にん』だろう。これらは位置が五角形を描くように隣接してる星座だ。文章の内容は神話なんかからは逸れてるけど、多分これで合ってると……」

 ここまで言いかけて、祐介は急に黙った。京も、彼の意図を読み取ったのか、ぐっと空気を噛み締めるようにして黙っている。そしてやはり急に沈黙は破られた。
「京、戻るぞ。広場だ」
「広場?」
「もう暗い、急ごう!」
 
 矢継ぎ早にまくしたてると、祐介は京の手をとって走り出した。もう、窓の外は闇一色だった。冷え切った空気の中を、2人は互いの手の温みだけを確かに走り続けた。





 そして2人は、最初の“おほしさまひろば”へ戻ってきた。着くなり祐介は京にうさぎ小屋の付近を探すよう指示した。分けが分からず祐介に従ってみる京だったが、それは『最後のヒント』によって全て解決することとなった。小屋の裏に隠されていた最後のヒント、そこにはこうあった。

『おつかれさま。いっかくじゅうがまってるよ』

「そうか、いっかくじゅう、か」
「ごめん、祐ちゃん、私何がなんだかさっぱり……」
「いや、俺も今分かった。鍵になるのは、あの理科室のヒントだ」
「理科室の?」
「まず、思い出してみようか。理科室のヒントは、『うさぎさんきをつけて。いぬが2ひきこっちをみてる。ひとが3にんこっちをみてる。おなかをすかせてこっちをみてる。ひとりがいった。あ〜、おなかすいた』だった。気がついたかもしれないけど、『うさぎさん』というのはこのうさぎ小屋を指す。犬と人が他の星座だっていうのはさっき説明したな。問題は、『ひとりがいった。あ〜、おなかすいた』だ」
「ひとり……。1人じゃないと駄目なのよね。3人っていうのはふたご座と……あ、分かった! その『ひとり』ってオリオン座のこと?」
「そう。で、お腹空いたっていうのはおそらく『給食室』を導き出すための言葉なんだ。ここで分かる事がある。実は、今まで俺たちが巡ってきた教室の配置は、実は星座と同じ配置で時計回りに並んでるんだよ。パソコン室はおおいぬ座、噴水はこいぬ座。理科室はふたご座だ。オリオン座イコール給食室っていうのは、俺たちがまるで五角形、もしくは五芒星の頂点を押さえる様に順に回ってたってことを暗示するためのヒントだったんだ」
「じゃあこのいっかくじゅうっていう星座の場所に行けば……」
「そう。ゴールってことだ」

 いっかくじゅうがまってるよ。
 いっかくじゅう座は、これら5つの星座の中心。
 そこへ行けば、全てが分かる。
 2人は、期待に胸を膨らませて走った。





 誰もいなくなった校庭の空気が、ぴりりと冷えあがって心地よい。
 『中心』と思しき場所は、丁度校庭の隅のベンチだった。

 祐介がその周りを調べる。すると、ベンチの裏にすべすべした手触りのものが貼り付けてあった。剥がしとってみると、それはどうも封筒のようである。
 彼がそれを開けようとしたその瞬間だった。

「はい、ご名答」

 彼の携帯電話のライトを照らしていた少女が口角を上げる。その嬉しそうにニヤついた表情を見て、祐介は唖然とした。
「ご名答……だって?」
「お疲れ様、祐ちゃん。これで全ての謎は解けました。その封筒の中身はあなたのものです」
 祐介ははっとして封筒を開ける。そこには、例のプラネタリウムのある博物館の入館チケットが入っていた。
「ま、まさか京、全部知って……」
「ごめんね。だって、こうでもしないと祐ちゃん、本から目を離してくれないから」
 京は、寂しそうな表情を浮かべる。祐介の胸に、小さな罪悪感が生まれた。と同時に、色々な疑問が一気に吹き出してくる。
「ちょっと待て、お前、パソコンとか得意だったか? 星座にどうしてあんなに詳しいんだよ!」
「え? だって……」

 一定時間経ったからだろうか、急にライトが消える。
 目が慣れないので、暗さでお互いの表情は見えない。
 だが、京の真っ直ぐで強い視線を感じる気がするのは、なぜだろう?
 
「……ナイショ」
「内緒って……」
「ないしょないしょ! ぜ〜んぶナイショっ」
 京は、祐介の手に携帯を握らせると、彼を置いて門に向かって走っていった。
「おい、待てよ京っ」
 祐介もそれに続く。

 そして2人の頭上には、かの天球儀で見た冬の星座たちがきらきらと輝いていた。


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