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H-07  教授(プロフェッサー)が目覚めない

「ホシだ」
 そう言って教授が目を閉じて六時間。まだ目覚めない。ごく普通に寝ているように見えるけど、そもそもこんな昼間に教授が寝てしまうなんてありえない。だって超がつくほどの昼型人間なんだから。絶対何かあったんだ。ホシ。きっと何かの手がかりに違いない。でも「犯人(ホシ)だ」じゃないだろう。教授はそういう隠語は嫌いなのだ。警察用語なんか使わないだろう。
「ホシかぁ……」
 さっき僕は教授の仕事部屋から星のついた杖と星の文様の織物を持ってきた。手に杖を持たせ、体に織物をかけると縁起でもない見た目になったので、ベッドの脇に置いてみた。反応なし。困った。次に手がかりを探すなら教授の部屋だろうと思ったので、まずは手前の戸棚を開けてみる。教授が何か隠す──あるいはとりあえず突っこんでおく──時はいつもここなんだ。ホシ芋、ホシ柿、ホシさんざし。甘いものばっかり。僕は見たことのない瓶を開けてみた。カスタードクリームだ。あーあ、冷蔵庫に入れなくちゃ悪くなっちゃうじゃないか。待てよ? カスタード。ホシ、干し、星。星(スター)を取って、カドが残る……って、クリームの真ん中に立ってるのは角(カド)じゃなくて、角(ツノ)だよ、ツノ。大体教授はホシって言ったんだ。スターじゃない。やっぱりここは素直に「星」だろうか。見ると、教授のデスクの上に星座早見表があった。そこらの安い紙製のと見分けはつかないが、日付を合わせて教授が何やらすると部屋いっぱいに星が光る。去年獅子座流星群の時に見せてもらった。何やらはまだ教えてもらっていない。僕はまだ助手というかむしろ家事手伝いから昇格できてないからだ。何やらを教えていてもらっていたら、今頃何やらできていたかもしれないのにと思うとがっかりした。気を取り直して、デスクの引き出しを開けると音楽CDが出てきた。『懐かしのメロディーベスト』ディック・ミネと星玲子。これは違う。もうひとつ下を開けると、今度は密閉瓶があった。中には小さな赤い菱型のきらきら光るガラスみたいなものがぎっしり詰まっていて、フタには☆マークひとつと数字が書いてある。061202 62241。これはあやしい。と、僕が瓶を開けた途端、どおぉぉぉっと音が爆発した。慌てて閉じる。あわわ、ご近所さんに怒鳴りこまれませんように! でも誰も来なかった。当たり前だ。この部屋は教授が防音処置をしているんだから。ほっと胸をなでおろして、僕はあらためて瓶を眺めた。赤い菱型。そうか、レッドダイヤモンズ──浦和レッズだ。今年優勝したとか聞いたような気がする。数字は日付、それから入場者数か何かだろう。きっとスタジアムで優勝の瞬間を瓶詰めにしたものに違いない。しかし教授がサッカーのサポーターとは。意外。僕は寝室に戻って教授を見てみた。あの大音量でも目を覚まさない。ホントにまずいんじゃないの? でも外への防音効果は続いているから教授は無事ってこと? あれ? もしかして「星だ」じゃなくて「模試だ」だったとか? って、そりゃ僕だよ。それより「年だ」かな? 教授は若作りだけど、実際はかなりの年齢みたいだからおかしくないよね。それとも「腰だ」? 教授は腰痛持ちだっけ? まさか「ホシだ」じゃなくて「欲しいんだ」の聞き間違いだったとか? ああ、そんなこと言ったらきりがないじゃないか。
 にゃーおにゃーおにゃーお。
 教授の目覚ましのアラームは何故か猫の鳴き声だ。そんなに猫が好きなら魔術師らしくしゃべる猫の一匹くらい喚び出せばいいのにと言ったら「ペット禁止マンションだから」と返された。あれは冗談だったのだろうか。教授の本気と冗談は見分けにくい──なんて場合じゃないよ! 教授が目を覚ましたのに!
「教授! 寝てたんですか? てっきり僕は何かあったかと!」
「何か? ああ、ふたご座流星群だよ」
 なんだか会話がかみ合っていない気がするけど、わかった。教授は流星群を見るために昼寝していただけだったんだ。僕が話すと教授はあきれた様子で僕が引っぱり出したあれやこれやを眺めた。
「馬鹿な奴だ。読者の大半だって、私がただ寝ているだけだと気付いていただろうに」
「何ですか、読者って?」
「いいから熱い飲み物と食事を詰めてくれ。屋上へ出かけるぞ」
 お馬鹿な僕は言われた通りに熱い珈琲を魔法瓶──ホームセンターで1980円だった──に入れ、バスケットにサンドウィッチをつめた。ひとつは例のカスタードクリームを塗ってやった。コートを着込んで、毛布も持っていくことにした。これで寒かったら教授が何とかしてくれるだろう。たぶん。
「でも星ならハワイにでも行けばいいじゃないですか。ほら、天体観測のメッカですよ。ここじゃ明るすぎて、そんなに見えないでしょう?」
「今回のイベントの目的は星ではない」
 不思議そうな顔をしていただろう僕の背中をぽんと叩くと、教授はにやりと笑ってみせた。
「”ご近所づきあい”だよ。さぁ行こうか」

【終】


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