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H-09  ホシのヌシ釣り

 銀河の航路図にコンパスと紐でログを記していた航海士が手を休めると、旗艦ピッツァオランゲの全天モニターにその星が映りました。
「五年ぶりの地球。いまより、現地時間で四十八時間の休息とする。各セクションは半舷休息からシフトを移し、 最低限の人員以外は地球を訪れるように」
 銀河バイパスの出張ゲートが閉じ、ピッツァは月周回軌道に建造されたフロンティア雷電に寄航しました。積載量四トンまでなら、月から地球の距離を数秒で転送できるためです。今回の地球圏通過において主目的である補給が月の工業・農業プラントから行われ、その間に船員はリフレッシュをするのです。
 電子オペレーター及び砲撃セクションのメンタルマネージャーであるワンコは、次々に地球へ向けて降下する仲間に、しばしの別れを無線を通じ連絡していました。船員は艦のマザーCOMPからの通信を受信するために 骨振動小型イヤホンを常備しています。たとえ月から地球からでも、その通信は届くのです。
 ワンコの担当するセクションの船員も大方出払い、残る数人を催促しようとチャンネルを移していると、彼の耳にオペレーター仲間である女性から呼びかけがかかりました。おでこの辺りから双角が生えた彼女は、外見の妖艶さに似合わず、意外と小心者で、何か悪さをするとき必ず彼を誘うのでした。
「ねえねえワンコ」
「どういう用件ですかイクサー。また食料庫に忍び込んで、エピタフ漬け酒を盗むのは御免ですよ」
 何日か前に拝借した酒瓶を抱え、気持ちよさそうに頬を赤らめるイクサー。その緊張感のない顔をふにゃふにゃと揺らしながら、彼女はワンコの側の監視モニターに割り込みました。基本的に各セクションごとに情報機密があるので、当然そういった行為は懲戒の対象になります。彼は慌ててたしなめようとしましたが、イクサーは平然と言いました。
「地球に行ったヤツラの観察しよーよー」
 「ぬぅぇー」と間延びした声でモニター越しに垂れ、通信機器の上に潰れるイクサー。
「嫌ですよ。そんなことばれたら、みんなに何されるかわかりませんもん」
「ばれないって! 夜の秘め事みたいに上手くやるからさ」
「そんなこと言って……。どうせ発覚した瞬間隠れるくせに」
「お礼はするからー」
 対面的には清純で通っているワンコの前で、あられもないポーズをするイクサー。馬鹿馬鹿しいと思いつつも 、雄の性からしっかり見ちゃっているワンコは、その十分後に根負けし、しっかり両モニターを接続したままで、地球に降下した船員たちの姿を追うためにトレーサーと呼ばれる小機を飛ばしました。
 大きさにして地球産蝿ほどで、その目立たない追跡者は自在に地球上を飛ぶのです。
「ぬふぇふぇ、酒のつまみになるね」
「まったく……」
 すっかり飲兵衛となったイクサーを尻目に、ワンコは背徳心が心地よい快感をもたらしており、自身でも気づかぬうちに乗り気でトレーサーを操作していました。彼は中途採用されたスタッフで、はじめて見る地球の風景 は珍しくもあり、また噂通りだと認識しました。
 汎銀河においてもっとも有用な書籍である『銀河横断ガイド』によれば、太陽系に現存する文明惑星の中で、地球は『ほとんど無害』という評価を与えられています。宇宙に進軍できるほどの兵力も科学力もなく、また惑星が内包している資源も枯渇寸前であり、民族間の極々微細な違いによる闘争がもう四十五億年ほど続いているのです。自然は残っていますが、さほど心に残るほど美しくもなく、空中都市やアルコロジー(汎銀河共通の都市デザイン。都市に必要なインフラ・建築物をひとつの箱型宇宙船に押し込めたもの)もない国々は鈍い銀 光を放っているだけだったのです。
「見つけられたぁ?」
 キンダーハイム原産のスルメを食べようとして逆に揉みくちゃにされているイクサーがワンコに尋ねました。深くスリットの入ったドレスが破られる映像を横目で見つつ、彼は一番近くにいた船員を見つけました。ケンタウルス座G1星団生まれで、主に艦搭載人型兵器の整備を担当しているヴァヴァの姿がモニターにアップで映されました。
 アフロヘアーを無理やりバンダナ型整備帽で隠したヴァヴァは、狭い空間にビルが乱立する都市の案内所で、何やら問答をしているところでした。
「だから! この『銀河横断ガイド』の地球説明欄に書いてあるの! 『ツンデレ』っていう宇宙基準でトップクラスの美女がこの街にいるんでしょ? どこ行けばいいのさ!」
「だからねぇ、さっきから言ってるでしょ。ツンデレっていうのは、人間の名前じゃないの。あなたもそんなオタッキーな格好してるんだから知ってるでしょ、そのくらい」
 狭い案内所の中でポップコーンをわしゃわしゃと掴む女性が、ヴァヴァの服装を注視しながら言いました。
 ほとんど整備服のまま地球に降下した彼は、デニムジャケットにデニムジーンズという格好です。整備班の班長が常日頃言い聞かせているように、背中に工具満載のリュックを背負い、どんな不足な事態に陥っても活躍できるような装備をしているのです。
「格好? この整備スタイルがなんかツンデレと関係あるの?」
「はぁ……」
 案内所に収まるのが窮屈なほど恰幅のいい女性の胸には名札が光り、そこには山田の文字が刻まれていま す。その山田さんが、盛大に溜め息をついてデスクに置いてあったパンフレットを手に取りました。
「いい? ツンデレっていうのは、こういう二次元の女性キャラクターを性格で分類した中のひとつなの。性格なの。人間じゃないの」
「おぉぉぉ! こんなべっぴんさんがこの街にはいるのか!」
 ツインテールの髪型に、頬を上気させ腕を組んだキャラクターがパンフレットに印刷されていました。ヴァヴァはそれを見てすっかり興奮しています。
「で、で! どこ行けばいいの? ねえ!」
「だからね、このツンデレは二次元なの。ニジゲン!」
「ニジゲン? 二つの次元が重なり合う場所にツンデレはいるのか。奇怪だが、宇宙一の美女ならさもありなん」
 ヴァヴァはリュックから精密部品の調整に使う電子分度器を取り出し、秋葉原のディープな街並みを遠目に地面の角度を計測しはじめました。
「にしても。このツンデレと比べると、街を歩く雌はブッサイクばっかだな! 気色ワル」
 案内所の荷物置き場に腰をかけ、ヴァヴァは道行く女性たちをそう評価しました。彼にしてみれば真っ当な言動だったのですが、顔を焼きすぎた餅のように腫らした山田女史は表情を引きつらせました。
「やっぱりオタクじゃない。二次元マニアの、落後者ね」
「……うっさいキリギリルー」
「キリギリルー?」
「あ、ちょっと待て」
 未開拓惑星人と宇宙の旅人との言語疎通は難しく、時折いまのように理解できない言葉が登場します。そういう場合のために、船員たちは『銀河横断ガイド』を持ち、その言語変換表を眺めるのです。ヴァヴァは、山田さんの容姿を的確に表現するため、キリギリルーという言葉の地球訳を探しました。
 五分ばかりかけて見つけた彼は、姿勢を正し、先程と同じ姿勢口調で言い放ちました。
「……うっさいこの豚みたいに肥えた阿婆擦れ女」
「な」
「聞こえなかったのか地球人。もう一回言うぞ。豚みたいに肥えた阿婆擦れ女」
「あんですってー!」
 ヴァヴァがあまり深刻そうではない表情で言った途端、案内所の窓口からずんぐりむっくりな腕が伸び、彼の胸倉を掴みました。そのまま山田さんは彼をガラス窓に叩きつけ、オタク文化が蔓延した秋葉原に訪れる観光 客が毎度毎度尋ねる質問で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように拳を彼の顔に疾走させました。青い血が、トレーサーの視覚器官に飛び散ったところで、ワンコは映像を切り替えました。
 モニターの中で、真っ黒に焼け焦げたスルメを抱きしめたイクサーが寝ていました。ワンコは呆れるよりも、ど こか寝顔の愛らしさに惹かれつつも、せっかくトレーサーを動かしたので、もう少し船員たちが何をしているかモニタリングしたくなってきました。毒を食らわば皿まで。
 喧騒に包まれる秋葉原を飛び立ち、蝿型追跡者は空を舞いました。北へしばらく飛ぶと、日本国土地理院発 行の地図を片手にうろつく船員を見つけました。まだ残暑厳しい秋口の東北を歩くのは、レーザー掃射時に活躍 するミラー清掃車操作担当のミッケランです。現地で買った『きりたんぽ張り手!』と印刷されたTシャツを汗で濡らし、地図と道に並ぶ店看板を見比べているようです。
 ワンコはご法度ながらも声をかけたい衝動に負け、無線のチャンネルをミッケランに合わせていました。
「あの、ミッケランさん」
「――ウッド。どこだ」
「あのぉ、ミッケランさん?」
「――リウッド。確かにこの辺りにあるはずなんだが」
 苛烈な射撃戦の合間を縫ってミラーを清掃するときよりも熱心な様子で歩くミッケラン。血走った目には、看板の文字しか入っていないようです。
「ミッケランさん」
「聞こえてるよ。何か用かい」
「え、いや、特にはないんですが。ちょっとお熱な様子が気になって」
「知らないぞ、勝手に覗き見なんてしてても。おれは密告なんぞしないが、酒代を稼ぎたいやつは五万といるからな」
「役得っていうか、職業病というか、彼女は首を振れないというか」
「は? どういう意味さ」
 ミッケランを映すモニターの脇にある小さなモニターに映るイクサーを見つつ、思わず心情を吐露しそうになるのを抑え、ワンコは疑問を矢継ぎ早に言いました。
「お店を探してるんですか?」
「……まあね。まずったことにさ、母艦に『銀河横断ガイド』置いてきちまったんだよ。だからさ、記憶だけを頼りに伝説にある汎銀河グラミー賞受賞女優たちがいるっていう噂の店を探してるんだよ。ハリウッドっていう名前のさ 」
「……ハリウッドですか?」
「そう。ハリウッド。ん、ハリ、ウッド。おお、あったぞ」
 そこはメインストリートからかなり離れた路地の一画。寂れた感じのするスナック、もはや意地で建っている銭湯、その間に挟まれた高級クラブ――その看板に確かにハリウッドと電飾されています。
「あの、確かハリウッドはアメリカ合衆国に――」
 ワンコが注意しようとすると、すでにミッケランはOPENプレートを揺らし、桃色に照らされた店内に入店していました。トレーサーが慌てて追いかけると、ミッケランの細身にもたれかかるようにスライム状のような肉塊が接客する場面が映し出されました。
「ここがハリウッドか」
「あらんお客様。誰かの紹介で?」
「いや、ネットワーク上の共有映像で知った。なんだか映像よりも狭いし、臭いな。これは副流煙じゃないか!」
 地球産の犬よりも嗅覚が三百倍ほどあるミッケランにとって、ハリウッド店内に蔓延した煙草・香水・得体の知れない物体が発する臭いは耐え難いものでした。もし、彼がハリウッド探索に心を奪われていなければ、確実に店半径一キロには立ち寄らなかったでしょう。
「うふふ、臭いはキツイけど、サービスしちゃうわよ」
 おそらく店のママであろう女性が指を鳴らすと、ミッケランの体を押しつぶすように女性店員たちが近寄ってき ました。
「ん、臭いはきついが、さすがハリウッドというところか。美人ばかりだ」
「あら、お上手!」
 すでに正常な思考ができないミッケランは、そこがすでにハリウッドであるかどうかよりも、自分好みの雌がいるかどうかに心を奪われていました。特に、下腹部の少しぽっこりした部分におでこをつけるのが好きだったの で、一番かわいこちゃんな子のそこにタッチしてみました。
 すると、なにやら硬い棒状が反応する感触が返ってきました。
「やだァ! 半年振りのお客様ったら積極的」
「うらやましいわァ。わたしの■■■も触って撫でて!」
「駄目よ。ここはハリウッド一の胡蝶蘭娘のわたしのを」
 ミッケランがよくよく目を凝らすと、店内全員の鼻下に濃い髭の痕跡があり、さらに奥のカウンターでレジから金を拝借しつつズラの換気をする女性の姿が。
「ダイジョウブヨ。隣のニューヨークでェ、しっかりお尻も洗ったから」
 ウインクをしてミッケランの胸に熱い息を吹きかけるハリウッドママ。
 耳元に彼の断末魔が聞こえる前に、ワンコはトレーサーを店外に放ち、その地獄絵図から逃れました。
 若干毒に浸かった影響でふらつくトレーサーは、日が沈み行く日本海を背景に南下し、眼下に広がる都心の 蛍火の中に珍しい船員を見つけました。旗艦ピッツァオランゲの中ではもちろんのこと、すでに地球でも骨董品扱いのラジオを抱えたミヤマ一等観測士。五年前、地球時間でいえば大体六十年ほど前にスカウトされた地球生まれの船員です。その彼が、夜の通りを彷徨っているのです。
 ワンコを声をかけようとしましたが、ミヤマの憔悴しきった表情からただならぬ背景を想像し、手を止めました。 しかし、どうやらハリウッドでの毒が想像以上に堪えていたらしいトレーサーがミヤマの目前に不時着し、機器に精通している彼はすぐにワンコの仕業だと看破しました。
「盗み見かい。ワンコくん」
「あ、いや、そそそそういうわけじゃないです! 申し訳ありませんでした!」
 背骨が天を突き刺す勢いで直立し、ワンコは軍隊式の敬礼をしました。常に暗礁を行く艦において、観測士は艦長に次ぐ役職なのです。また、個人的にも人柄のよさや美しく歳を重ねている姿を尊敬していたワンコにとって、不埒な覗きをしていたという事実を知られたことは何より恥ずかしいことでした。
「……艦長命令で、地球に降りてこいと言われただろうに」
「あの、つい出来心で」
「まあいいさ。わたしの権限でもみ消してあげよう」
「本当ですか?」
「ただし、少しこれに付き合いなさい」
「あの、これとはなんでしょうか」
 ミヤマはラジオを抱えていた右手をくいくいと動かし、それがしなる仕草をしました。
「釣りでしょうか?」
「ただの釣りじゃないさ。夜釣り。『銀河横断ガイド』にいわせるなら、ホシのヌシ釣りだな」
 そういった経緯で、スルメと仲良く夢を見るイクサーを艦に残し、ワンコは地球に降り立ちました。大阪港で落ち合ったワンコとミヤマは水陸両用の屋形船に乗り込み、一路インド洋を目指しました。精密機器取り扱いに長けるミヤマでしたから、漁船は地球の技術離れした速度でポイントに到着しました。
 ミヤマは自身の胴体よりも太い竿を組み立て、その釣り糸の先に禍々しく先端を見せる針に、ずっと語りかけるようにそばに置いていたラジオを括りつけました。
「どうして魚を釣るためにラジオを餌にするのでしょうか。不規則性振動エンジンが搭載された釣り竿には見えませんが」
「ワンコくん。なんといってもヌシ釣りだからね。それ相応の餌じゃないと」
 綺麗にはえそろった顎鬚を撫でつつ、ミヤマは竿を振りかぶり、遠投しました。ワンコはラジオなど持っていな かったので、仕方がなくイクサーに毛布をかけるときに拝借したスルメの足をつけ、船体にこするように水面に垂らしました。
 月の海に寄航した母艦が放つ光に照らされ、二人は深夜の海で釣り糸だけを見ていました。時計も音もない場所で、いつしかワンコの意識が朦朧としはじめると、ミヤマは話を切り出しました。
「少し、自慢話をしていいかな。ワンコくん」
「……はい」
「わたしが地球生まれだっていうのは知ってるだろ」
 四十六億年の時間の中で生まれた人類の子。それが自分であると、ミヤマは言いました。
「ちょうど、艦長が地球に寄ったとき、わたしには婚約を誓い合った相手がいたんだ。まだこの星には通信手段が欠けていた時代でね、よく手紙を投函して、それが相手に届くのを待てなくて、直接会いに行ってしまったものだよ。いやー、若かった」
「文通っていうやつですね。『銀河横断ガイド』に載ってましたよ」
「それさ。でね、そんなに彼女に夢中だったわたしが、艦長の巧みな話術と、未知なる技術に惹かれて地球を去るとなったときどうしたと思う? いやいや、答えなくていいよ。そうさ、わたしは肝心なことを失念したまま、覚えたての知識を注ぎ込んだラジオ一式を、彼女に笑顔で渡したんだ。さも、『これがぼくらの子供』みたいな顔をし てさ」
 ワンコの表情が早足に通り過ぎた雲によって影に遮られました。そのお互いの表情がわからない状況で、ミヤマは続けました。
「便利なもんでね。ラジオは何億光年離れていようが、お互いの声を聞けるという代物だった。よくある不良品じゃなくて、時間差もなしのやつだ。熱に侵された当時のわたしが、愛をも繋ぎとめる万能の機械と信じたのも無理ない。その馬鹿が不良品だと気づいたのは、出航してからすぐだった。そう、馬鹿はわたしさ。とんでもない不良品だ。生産ラインに流れるベアリングの中に、ラジオが紛れ込んだようなもんだ。本当に馬鹿だった」
「……その、ミヤマ観測士殿の想い人の方が、連絡をよこさなくなったのですか?」
 ワンコは失礼だと思いつつも、自分の口から言ってしまった方が場の空気がよくなる気がしていました。ですが、そんなことは必要なかったのだと言わんばかりに、遠くでクジラが潮を吹きました。
「いや、不良品はわたしだけなんだ。さっきも言ったけど、わたしは手紙の返事がくるのが待てないほど短期で、 独占欲の強い男だった。ラジオから聞こえてくる彼女に触れることもできなければ、声だけしか確認できない彼女が一体誰の男の胸の上で寝ているだとかいう妄想に憑かれてね。散々荒れたよ。よく艦から放り出されなかったものだ」
「ミヤマ観測士殿にもそんな時期があったんですか……。知りませんでした」
「まあ、汚点というか、話す機会もなかったからね」
 ワンコの気まずい心中を察してか、わずかに屋形船が揺れています。
「……それで、ミヤマ観測士殿は、その方とお会いになったのでしょうか?」
「すっかりおばあちゃんになってたよ。身も心も、彼女を慕う周囲の呼びかけも」
 その『おばあちゃん』という言葉が、ワンコに事の顛末を悟らせました。ただ歳を取っただけではなく、子が産まれ孫が産まれ家庭があるということなのです。
「よっぽど、直接名乗り出て殴られようかとも思ったけどね、やめたよ」
「どうしてでしょうか?」
「ラジオだよラジオ」
 ミヤマは、糸の先にあるであろうラジオを指さしました。
「彼女はわたしが地球巣立ちしたときと同じ場所に住んでてね。懐かしくて、色々と散策したよ。郵便局のポスト も、駄菓子屋も、走り回った校庭も、二人で星を見た公園も、記念写真を取った写真屋もまだあった。彼女とのデート費を捻出するために利用した質屋もね」
 ミヤマは淡々と言いました。
「わたしは本当に不良品の中の不良品だった。あの艦の中で嬉々と会話した相手が、まさかわたしと別れた即日に質に入れられたラジオを拝借していた質屋の娘とも気づかなかったんだよ! ああ、本当に馬鹿だ! あんのぉぉ二股婆がぁ!」
 自慢げに竿を振り上げたミヤマ、それを仰ぎ見たワンコの頭上を、銀色に輝く汎銀河クジラが飛んでいきました。 ラジオをご馳走様と言い残し。
「さあ、帰りなさいワンコ。こんなおじさんと釣りしてる場合じゃないだろう」
「は、はい!」
「イクサーくんと映画にでも行くといい」
「あああああ、ありがとうごぜうます!」
「きちんとそばにいてあげなさい」
 差し出されたチケットを握り締め、ふさふさとした尻尾を嬉しそうに振りながら、ワンコはイクサーが待つ艦へと戻りましたとさ。


 一方、旗艦ピッツァオランゲの艦長はNASAにスペースボールペンを法外な値段で売り飛ばし、ロシアで鉛筆を一ダース購入していたのでした。

(了)


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